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短編集・読み切り



 ビルの間の暗がりであったとはいえ野外

で堂々とセックスする男女を見た刺激は日

を重ねるごとに薄らぎ、けれど完全に忘れ

るよりは早くあのハゲオヤジを見かけるこ

とになった。

 母親と口論して家を飛び出し、ホテル代

わりにしようとカラオケに入った夜だった。

 エレベーターで上階へ上がり、廊下を進

んで奥にある部屋の片方が高取にあてがわ

れたルームだった。

 トイレやフリードリンクはエレベーター

の傍にあり多少の不便はあるが、逆に廊下

を通りかかるのは隣や向かいのルームの利

用客や注文品を運んでくる店員くらいなも

のだ。

 歌うためではなく仮眠をとりにきた高取

には都合がよかった。

 フリードリンクをコップに注ぎ、あてが

われたルームに向かう。

 すると廊下の突き当り、高取があてがわ

れたルームの向かいの部屋に人影が見えた。

 様子がおかしいと気づいたのは、近づく

につれてその部屋の異様な光景を頭が理解

してからだった。

 本来利用客がいれば閉じられているはず

のドアは開け放たれたまま、3人掛けのソ

ファに二人の人間が折り重なっていた。

 下で仰向けになり黒いプリーツのあるス

カートを捲られ大きく股を開いているのは

女だろう。

 覆い被さる様に上に重なる男が動く度に

校章の刺繍入りの黒い靴下を履いた足首の

辺りに小さくまるまった下着がぶら下がっ

て揺れている。

 男が腰を突き出す度に啜り泣きが嬌声に

変わる様子は出来損ないのヤラセAVでも

見ているようだ。

 もう既に挿入済みであろうと思われる動

きをする男は、あの夜ビルの間でセックス

していたハゲオヤジ。

 しかも泣き声を漏らす女に何度も腰を打

ち付けながら、“この淫乱メス豚め。泣く

ほどいいんだろ?あぁ?”“スカート短く

して男の気を引く売女が”“ハゲだのデブ

だのバカにしやがって”とまるで呪詛のよ

うに低く吐き捨てている。 
 
 …それだけなら、まぁ、金で割り切りっ

た一夜だけのはずが運悪く地雷オヤジに当

たったのだろうという想像もできないこと

はなかった。

 が、液晶テレビだけが光源になっている

だけの暗いその部屋に、もう一人居たのだ。

 ソファの上で重なり合う二人の目の前に

何をするでもなく立ち尽くす若い男。

 カラオケ店の名前入りのエプロンを身に

着けているからには、おそらく店員なのだ

ろう。

 本来なら二人の行為を諫めるべき立場の

若い男が不自然なくらい直立不動な姿勢で

二人を見下ろし続けている。

 まるでハゲオヤジに脅されでもしていて、

指一本動かせないのだというように。

 様々な情報が一気に視界から入り込んで

きて、高取は混乱した。

 異常な状況が目の前で進行している、と

いうのだけは辛うじて頭が理解する。

 暫し凝視してしまっていたことに気づき、

視線を引き剥がして向かいの部屋に体を滑

り込ませた。

 ソファに腰を下ろし、握りしめていたコ

ップをテーブルに置いて髪に両手を突っ込

んで頭を抱える。


 何だ、あれは?

 金目的のセックス?それともレイプ?

 殴ってでも止めたほうがいいのか?

 いや、でも知り合いでも何でもないし。

 そもそも殴って、その後どうするんだ?

 合意だって言い張られたら?

 だったら警察?

 いや、こっちの身元確認されたら困る。

 じゃあ救急車?

 でも救急車ってこんな所に来てくれるの

か?

 そもそも、なんだあの店員。

 目の前にいるなら止めろよ。

 バカなのか?

 それとも共犯なのか?


 校章の刺繍入りの黒い靴下、捲られた制

服と思わしきスカート、床に投げ出されて

いた校章入りの学生カバン。

 そのどれもに見覚えがある。

 見覚えがあるというより、毎日見ている。

 組み敷かれているのが他人の制服をわざ

わざ着るような奴でないのなら、すすり泣

きながら喘いでいるのは同じ学校の女生徒

だろう。


 どうする?

 どうすればいい?


 高取はまだ迷いながらも、もう一度状況

を把握しようと立ち上がった。

 その耳に向かいの部屋のドアが閉まる音

が響いた。

 高取は反射的にドアノブに駆け寄り、肩

をぶつけるようにしてドアを押し開く。

 すると視界の隅に背広姿のハゲ散らかし

た男が慌てたように廊下の角を曲がるのが

見えた。

 考える間もなく体が走り出そうとしたが

思い留まった。


 追いかけてどうする。

 追いついて縛り上げたとして、俺に何が

出来る?

 合意だったかもしれない。

 セックスの一部始終を目の前で凝視して

いたはずの男が動かなかったのは、そのせ

いかもしれない。





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