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短編集・読み切り



「何してんの」


 寝起きの声は普段の声より低くて掠れて

いる。

 眠い半目で直視しながら尋ねると、途端

に島崎は気まずそうに口を開いた。


「あー、えーっと…。

 ソファはやっぱり寒くて、だからベット

 に入れてくれないかなーって思って来て

 みたんだけど、熟睡してるミツを起こし

 たら可哀想かなって思って」


 島崎の歯切れが悪い。

 こういう時はバレたらオレが怒ることを

隠そうと必死になっているのだ。

 結局は隠しきれずにオレに説教されるの

が常なのだが。


「で、何してたの」

「あっ、触ってないよ!

 お触りしたらダメって言ってたから!」


 言いつけはちゃんと守ってるよアピール

をするあたり、ますます怪しい。

 というより、そもそも寝込みを襲いにき

たんじゃないのかコイツ…?


「だから、オレが寝てる間に何してたんだ

 って聞いてんの」


 正直に答えるまでは何度でも同じ質問を

繰り返してやると心に決める。

 オレの直視に視線を泳がせていた島崎だ

ったが、一向に話題を変えないオレの態度

に観念したようにようやく口を開いた。


「その…隣で寝るくらいならいいかなーっ

 て思ってたんだけど。

 いざミツが隣で寝てるって思ったら我慢

 出来なくて。

 その……抜いてました、ゴメンナサイ」


 信じられない、コイツ。

 友達の家に泊まりにきて、父親のパジャ

マ借りておきながらベットに潜りこんでき

てオナニーするか普通?


「でもミツには触ってないよ!

 約束だったし…」


 そういう問題じゃない!!

 寝起きでさえなければ怒鳴っていたかも

しれない。

 約束を破ってないから追い出さないでね

って訴えてくる島崎の視線がものすごくウ

ザい。

 今すぐ家から叩き出してやりたい。

 無防備な寝込みを襲った挙句、寝入って

まだ何時間も経っていないオレを起こした

のがものすごくムカつく。

 しょげた顔でチラチラ上目遣いしてくる

のもすごく腹が立つ。

 いっそ盛大に開き直ってふんぞり返った

ら、思う存分ぶん殴って叩き出すのに。

 ちょっと想像してみて、それはそれで今

以上にムカつくのに気づいてそこで思考か

ら切り離した。


「島崎、ハウス」

「えっ?ええ?」


 ドアを指さすオレに何を言われたのか分

からなかったらしく、島崎は俺の顔とドア

を交互に見る。

 この駄犬が。


「リビングに戻らないんなら帰れ」


 オレは眠いんだ。

 これ以上長居するな。

 そういう目で睨みながら命じる。

 ドアからオレに視線を戻した島崎はしょ

げた目でオレを見上げてきた。


「リビング寒いし…ここで寝ちゃダメ?」


 リビングが嫌なら帰れと言っているのに、

どうしてもここから動きたくないようだ。

 その顔に苛ついて、まだ何割か寝ぼけた

思考のまま布団の中で足を動かして布団越

しに島崎を蹴った。

 寝起きで大して力が入らなかったのと掛

け布団が衝撃を吸収してしまって殆どダメ

ージは与えられなかったようだが。


「ぼ、暴力反対…っ。

 あっ、ミツがオナニーするなら手伝うよ!」


 こっちは寝てるところを起こされてんだ!

 寝起きで勃つかっ!!

 チ●ポ脳の島崎からしたらそれは一応反

省している姿勢を見せたつもりかもしれな

いが、オレの怒りに油を注いだだけだった。


「年中盛ってるお前と一緒にすんな、バカ

 島崎っ」

「ちょっ!?」


 布団にくるまっていた腕を出すのに一瞬

の遅れがあって、それを止めようとした島

崎の手に先を越された。


 ぬるっ


 …“ぬるっ?”


「あっ…」


 島崎が殴ろうとしたオレの手首を掴んだ

まま“しまった”という顔をしている。

 あわあわしている島崎を見ながら、昼間

より鈍い頭がその理由を出すのにややかか

った。


「お前、まさか…」

「だっ、だって殴られそうになったら止め

 ようとするのは普通だしっっ。

 だから怒らないでっ!」


 お前が大人しく殴られてれば良かったん

だよっ!

 掴まれた手を振り払おうとするが島崎の

力はことのほか強く、怒りを左腕に込めて

一発殴ってやろうとしたらそちらもあえな

く阻まれてしまった。

 ムカつく!すっごいムカつく!!

 同じ男として身長や体格に差があるのも

嫌だけど、こうして簡単に抑え込まれてし

まうのはそれ以上に腹が立つ。


「大人しく殴られろ、変態っ」

「い、嫌だよ。痛いしっ」


 暫く島崎の腕を振り払おうとして頑張っ

たけど、それはもう体力的な差と寝起きと

いう不利な条件が揃っているオレには分が

悪すぎた。


「…落ち着いた?」

「るさいっ!」


 肩で呼吸しながらもまだ余裕がありそう

な島崎に両手を拘束されたまま問われる。

 噛みつかんばかりの勢いで言い返したが、

寝起きの体で取っ組み合いをさせられたオ

レはどうしても殴れない現実をつきつけら

れて体の疲労以上にイライラしすぎて頭が

爆発しそうだった。


「とりあえずティッシュで拭こうよ。

 気持ち悪いでしょ?」


 そりゃお前の精液がべっとりついた手で

掴まれてるのは気持ち悪いけどっ!

 とりあえずその前に一発グーで殴らせろ!


 睨むオレの手から力が抜けないのを抑え

込みながら島崎は困り顔で口を開いた。


「うん、わかった。

 タンマ、一瞬だけタンマね」


 子供の頃、遊びの途中で一時中断する合

図に使った言葉を島崎は持ち出してきた。

 こっちは本気で殴ってやりたいと思って

いるのにふざけてるのか?

 とは思ったが、膠着状態の今のままでは

いつまで経っても島崎を殴れないと思考を

切り替えた。

 オレの手から力が抜けたのを確認して、

島崎は枕元にあるティッシュの箱に手を伸

ばした。

 数枚抜き取るとまず真っ先にオレの手首

についた精液を拭い取った。

 同じティッシュで自分の手に残っている

残りを拭ってしまう島崎を見ながら、オレ

は改めて右手で拳を作った。


「タンマ解除」

「へっ!?」


 ゴンッ

 音そのものは鈍かったが、殴った拳には

バカ島崎の間抜け面をぶん殴った衝撃が確

かにあった。


「…ッッたぁ〜っ!!」


 むしろ殴った拳が痛くて拳を解いて右手

を振って痛みを紛らわす。

 目の前で頬を両手で押さえながら苦悶し

ているバカは正直どーでもいい。


「リビングが嫌なら帰れ」


 島崎のアホ面を殴って少しばかりスッと

したオレは低い声でそう言い放ち、ゴソゴ

ソと布団の中で動いて島崎に背を向けた。

 オレの安眠を妨害するのは許さない。

 朝が弱いという事情のみならず、成長期

の貴重な時間はあと僅かなのだ。

 安眠妨害のせいで身長の発育に影響が出

たら島崎をボコボコに殴っても気が済まな

いだろう。


「うーっ、口の中切れたかな…」


 背中の向こうで島崎が唸っているけど、

無視だ無視。

 そもそもオレに夜這いなんてかけなけれ

ばこんなことになっていないのだから。

 これ以上殴られたくないだろうから、相

手にしなければ島崎も大人しく家へ帰るだ

ろう。





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あきゅろす。
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