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短編集・読み切り



 島崎に片づけを任せて、俺は客間の押入

れから毛布を引っ張り出す。

 ついでに枕も掴んでリビングに戻った。

 そんなオレを見た島崎の顔色が変わった。


「え?え??

 ミツのベッドで一緒に寝られるんだよ

 ね…?」

「そんな訳ないじゃん。

 ケダモノと一緒にだなんて、オレが安眠

 できないっての」


 お前の寝場所はソファね、と毛布と枕を

置く。

 ソファで寝るのが嫌なら今からでも帰れ

とニッコリ笑いかけると、島崎はゴニョゴ

ニョと聞き取れない声で言い訳する。

 言い訳も聞こえず帰る様子もなかったか

ら、オレはそれを島崎の返答として受け取

った。

 泊めてやるとは言ったけど、同じベッド

に寝かせてやるとは言ってない。

 むしろ同じ屋根の下っていうだけでも奇

跡的譲歩だ。


「ねぇ、だったらもうちょっとだけ話そう

 よ」

「もう眠いんだろ?

 それに日曜日にまた遊ぶんだったら、そ

 の時でいいじゃん」

「そ、それとこれとは…」


 何かまだ言いたそうな島崎にニッコリ笑

いかけると、島崎の声は一気に尻すぼみに

なって消えた。

 チ●ポ脳な島崎の下半身事情に関する不

毛な話し合いをするくらいなら、オレはさ

っさとベッドに入りたい。

 それが不満ならさっさと帰れ。

 そういう無言の笑顔だ。

 島崎はまだ名残惜しそうな顔をしつつも

大人しくソファに横になり、毛布にくるま

る。


「ねぇ、ミツのお母さんって明日何時に帰

 ってくるの?

 朝早い?」

「んー、どうだろ。

 土曜日は予定がない限りオレが起きるの

 昼前だし、その頃にはもう帰ってきて寝

 室で寝てるからなぁ」


 言われてみれば、それは考えていなかっ

た。

 確かに徹夜明けで帰ってきたら見知らぬ

若い男が夫のパジャマ着て寝てましたって

なったら母さんも驚くかもしれない。


「…お前、制服で寝たら?

 そうしたら母さんもオレの友達かもって

 思うかも」

「えー…。

 そこはミツが一言メッセージ送っておい

 てくれるほうが誤解が起きなくていいと

 思うんだけど」

「じょーだん。

 オレだってわざわざ休みの日に叩き起こ

 されたくないから、ちゃんと伝えとく。

 じゃ、おやすみ」

「うん。おやすみー」


 オレが冗談だと否定すると安堵したよう

に表情を和らげた島崎は、オレにひらりと

振った片手を毛布の中に入れてそのまま瞼

を閉じた。

 オレはそれを見届けてからリビングの照

明を暗いオレンジ色の照明に変えて自室に

引き取った。




「……」


 部屋に戻ってすぐベッドに潜り込んでみ

たけど、暫くは布団にくるまってスマホを

いじっていた。

 暗い部屋の中で手の中のスマホだけが強

い光を放ち続ける。


「……」


 島崎は来るだろうか。

 いや、本当に寝込みを襲いにきたら問答

無用で叩き出すけど。

 オレが本気でそれを実行するつもりでい

ることもちゃんと伝えたけど。

 でも毎日何度もオナニーするほど性欲の

強い奴が、土下座してでもセックスしたい

奴の家に泊まって本当に何もしないなんて

…あるんだろうか。

 不安しかないけど、でも不安しかないの

にどうして泊めると言ってしまったのか。

 嫌味だったとはいえ、すぐに取り消して

帰れと言ってしまえばよかったのに。

 もう過ぎてしまったことが頭の中をぐる

ぐると巡る。

 “寂しかった”

 あれはどういう意味だろう。

 友達として?

 それともそれ以外の感情で?

 だとしたら、それは何?

 そもそもオレにしか勃たないなんて、オ

レがそれを聞いて喜ぶとでも思ったんだろ

うか。 

 相手が男ならと限定すれば今のところオ

レだけだってだけなんだろう。

 呆れるし、付き合ってくれる女子がいれ

ば飛びつくのかもしれないとも思う。

 バカ島崎の発言でいちいち一喜一憂なん

てしたくないけど、まぁ…ただただ嫌って

だけでもなかったのは事実だ。

 だからと言ってオナホ代わりにケツを貸

してやるつもりは毛頭ないけれども。

 そんなことを考えながらうつらうつらし

ていたオレの手の中でスマホが傾く。

 完全に寝かけてスマホが滑り落ちたのだ

と気づいてスマホを枕元に置く。

 島崎とリビングでおやすみを言ってから

既に1時間は経過した。

 これだけ待っても来なければ、島崎が夜

這いに来る可能性は低いだろう。

 さすがの島崎も夜更けに追い出されるの

が分かっていて、それでも寝込みを襲いに

くる度胸はないらしい。

 それにホッとして瞼を下ろすと、オレの

意識も間もなく途切れた。




「……はぁ、はぁ」


 オレの眠りを破ったのは、胸にかかる荒

い息遣いだった。


「…?」


 寝起きが弱いのと、部屋を真っ暗にして

眠っているせいで今何が起こっているのか

すぐには理解出来ない。

 眠くて上手く持ち上がらない瞼を半ば強

引に持ち上げると、目の前には大きな毛布

の小山ができていた。

 その中で“何か”がもぞもぞと動いて、オ

レがパジャマ代わりに着ているトレーナー

に顔を押しつけているらしい、ということ

までノロノロとした頭で理解する。


 誰…?

 …あ、島崎のバカを泊めてるんだっけ…?


 オレの頭がようやくそこまで思い出す頃

にトレーナーにかかっている荒い息は急速

に高まり、そしてビクッと震えた後に深い

呼吸に変わる。


 ん…?


 何してるんだ、と考えるのが面倒で目の

前の毛布をひっぺがした。


「あっ」


 まるで悪戯が見つかった子供のように

“しまった”という顔をする島崎と至近距離

で視線が交わる。

 寝起きで上手く頭が働かず、尋問すると

ころまでいかずに眠い半目のまま島崎をじ

っと直視する。

 それをオレが怒って睨んでいるとでも思

ったのか、島崎は考えるような一瞬の間の

後…。


「えっと…トリック オア トリート?」


 『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃう

ぞ』


「……」


 寝起きの頭が少しずつ覚醒し始めて、島

崎のそのセリフがツッコミどころ満載なの

に気づく。

 こんな夜中に夜這いをかけて言うセリフ

ではないし、そもそも性的な意味はないし、

一口ケーキもアイスだって食わせてやった

し…そもそも、コイツ今何してたんだ?





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あきゅろす。
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