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短編集・読み切り



「しっ、嫉妬とかじゃないけど!

 でも、あの……寂しかった」


 トクン…ッ 


 ガラスの向こうで慌てて否定して、そし

て躊躇するような沈黙の後で観念したよう

に吐かれた言葉に鼓動が跳ねた。

 その心の揺れが友達としての罪悪感でな

かったことに戸惑う。

 罪悪感でなければならなかった。

 たまたま教室で席が遠いという運の無さ

と委員会の忙しさ以外の理由で島崎を意図

的に遠ざけていたことは事実だ。

 それは友達でいる為に必要な事で、オレ

自身の為でもあって。

 でも“寂しかった”という告白を嬉しい

と思ってしまった。

 島崎が望むことを実現させてやることは

できないけど、それでもそういう事情を一

瞬すっ飛ばして素直に嬉しいと思ってしま

った。


 トクン、トクン


 やばい。

 なんだ、これ。

 島崎は友達、だし。

 ただのヤリたい盛りのチ●ポ脳だしっ。

 だから、だから…。


「あの…呆れてる?

 ガキっぽいって」


 そうだ。

 それで正しいんだ、本来は。

 ただの友達なら、馬鹿馬鹿しいって笑っ

て流さないと。


「バカじゃないの。

 誰でもお前みたいにチ●ポ脳って訳じゃ

 ないし。

 オレに欲情するアホなんてお前くらいだ

 し。

 オレだって」


 お前以外の奴が相手じゃ勃たねぇし。

 うっかりそこまで言いかけて、言い過ぎ

だと慌てて口を噤んだ。


「オレだって…何?」

「うっせ。

 オレがシャワー終わる前に帰れ」


 いつもは鈍感なくせにたまに絶妙なタイ

ミングで察しが良くなるから困る。

 野生の勘でも働くのだろうか。

 とりあえず今は顔を合わせたくない。

 さっきまでとは違う理由で。


「あの、それなんだけど。

 今夜、泊まってっちゃダメ?」


 バカなの?

 いつもなら考える間もなく口が動いてい

ただろうけど、何でか今は口が上手く動か

なかった。


「泊めるわけないし。

 お前、オレの寝込み襲うだろ」

「ぐっ…」


 島崎が押し黙る。

 やっぱりそのつもりだったのか、とよう

やく思考がちょっと温度を下げる。

 そういえば夏休みに島崎の家に泊まりに

行った時、映画を見ながらうつらうつらし

たオレに島崎は断りなくキスしたのだ。

 島崎に初めてキスされたのはあの時だ。

 と、そこまで思い出して慌てて首を振る。

 いやいやいや。

 今そんな隙を見せたら、それ以上のこと

になるから。

 欲求不満な島崎に無防備な姿を見せたら、

キス程度では絶対に済まない。

 キスだけでもそれはそれで困るけど。


「そんな奴、泊めるわけないだろ。

 帰れ」

「あの、じゃあ何もしないから!

 だったら、いい…?」


 “じゃあ”ってなんだ。

 オレがちょっとでも引き締めを解いたら簡

単に悪戯してきそうだ。

 信用できない。

 だけど…。

 “寂しかった”

 それを思い出すとバッサリ切り捨てること

もできない。

 身の危険を考えると仕方のないことだった

し、別に罪悪感を感じている訳ではない。

 だけど、まぁ…本当に何もしないなら。


「じゃあ、もしオレに何かしたらお前は何

 する?」

「えっ…?」

「オレに指一本でも触ったら、お前は罰と

 して何する?」


 信用はしていない。

 けど、これで島崎が手を出さないと言っ

ていることの本気具合は分かる。

 本当にオレに何もする気がないなら、ど

んな条件にでも出来るはずだ。

 たとえば一度に2リットルのコーラを5

本一気飲み、とか。

 いや、たとえ何を言ったところで信用は

出来ないかもしれないけど、保険にはなる

かもしれない。

 …まぁ、もともと泊めなきゃこんなこと

考えなくてもいいんだけど。

 ドアを挟んでオレが頭の中で“でも”を

ぐるぐる繰り返している間に、ドアの向こ

うで島崎も暫く黙り込んでいた。

 そして結局、オレがまだぐるぐると考え

ている間に島崎が口を開いた。


「もしミツにお触りしたら、文化祭までオ

 ナ禁する」

「はぁ?」


 思わず間抜けな声が出た。

 島崎が自分から提示する条件がよっぽど

簡単にクリアできるものなら、その程度で

と鼻で笑い飛ばすつもりだった。

 本当に無理難題を言い出したら、まぁち

ょっとくらい信用してやってもいいかなと

思っていた。

 けれど、まさか自分で言い出した条件ま

で見事にピンク色だとは。

 しかも、オレにそれをどう確かめろとい

うのか。


「そっ、そんなことって思うかもしれない

 けど!

 だって、ホントに辛いと思うし!

 俺1日に2回以上は抜いてるから、文化

 祭までだって溜まりまくってしょうがな

 いから相当キツイ…と思う」


 いや、お前のオナニー生活がどうなんて

聞いてないし。

 って、一日に二回はさすがに抜きすぎじ

ゃね?

 それともオレが少ない方なのか。

 岡本を皆でマワしていたとはいえ、あま

りオナニーについて突っ込んだ話をしたこ

とがなかったから平均がどんなものか分か

らないけど。

 少なくともオレ自身は、週に数回するだ

けで足りないと思ったことはないのだが…。

 しかしそれを想像するだけで辛いのか、

島崎の声が暗く弱くなる。

 それは演技とも思えなくて、しみじみと

島崎の性欲の強さをオレに思い知らせてく

れた。


「お前が本当に禁欲してるかどうかなんて、

 オレにはわかんないだろ」

「そうだけど…!

 でも、じゃあどうしたら…」


 まず“そこ”から離れろ!

 と怒鳴りたかったけど、オレは自分を落

ち着ける為に深呼吸した。

 確かに島崎はバカでどうしようもないエ

ロエロ野郎だけど。

 それにいちいち怒ってたら、オレの頭の

血管が何本あっても足りないから。


「本当にオレに触る気がないなら、別に何

 でもいいじゃん。

 罰金100万円でも大嫌いなレバー1キ

 ロ一気食いとか」

「ヒッ!?」


 曇りガラスの向こうで島崎が息を呑んで

慄く。

 オレに触らなければ科されない罰なのに

大袈裟な奴だなと思う一方で、コイツやっ

ぱりそのつもりで泊まりたいとか言い出し

たんじゃないだろうな…とムッとする。


「そのくらいの罰も飲めないなら帰れ」

「ちょっ、ちょっと待って!

 あっ、じゃあミツのオナニーの手伝いす」

「バカじゃないの?」


 お前みたいなオナ猿と一緒にすんな!

 そもそも一晩も我慢できないような奴の手

伝いなんて危なっかしくて受けられたもので

はない。

 手伝いなんて二の次で、何をされるか分か

らないのだから。





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あきゅろす。
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