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短編集・読み切り



 そして島崎を睨みながら低く唸るような

声で言い放った。


「帰れ。

 それから、日曜日の約束もナシな」

「え!?ちょっと待って…!」


 キッチンへ向かおうとしたオレの腕を焦

った島崎の腕が掴む。


 バシャッ


「…!」

「あっ…」


 あまり中身の減っていなかったマグカッ

プの中身は、島崎に掴まれて持つ腕が揺れ

た拍子にオレの制服のシャツにかかる。

 “しまった”という顔をする島崎に余計

苛立って、力の緩んだ島崎の手を乱暴に振

り払う。


「あ、あの、ごめ…」


 もう帰れと繰り返すのすら馬鹿馬鹿しく

なってキッチンへ向かう。

 かかったのが冷えた麦茶で良かった。

 制服の上着は脱いでいたし、ニットカー

ディガンと白シャツなら洗濯機に放り込め

ば月曜には問題なく着て登校できるだろう。

 島崎を許すのとは別問題だけど。

 シンクにマグカップを置くと、何か言い

たげな島崎を無視して脱衣所に向かった。




 寒い夜道を歩いてきた体にシャワーのお

湯は心地よかった。

 いつものシャンプーの匂いに包まれると

ほっと肺の奥から解けた息が漏れる。

 どうせ着替えるならボーリングでかいた

汗も流してしまいたかった。

 島崎の顔を見ると取り返しのつかない言

葉を言ってしまいそうだったし、完全に無

視されれば島崎も食い下がれずに大人しく

帰るかもしれないという計算も頭の隅にあ

った。

 今日はなんだか疲れた。

 週末は平日に蓄積していた疲労が出る一

方で、土日休みだという解放感から心が浮

き立つ。

 けれど今日はボーリングで体を動かした

し、それに加えて島崎の件でずっとイライ

ラしていたから余計になのかもしれない。

 実験台にしようとしたというのはムカつ

いたけど誤解だったからまぁいい。

 けれどもっと根本的で根深い問題がオレ

と島崎の間には横たわっている。

 それは今までオレが気づきたくなくて無

意識に考えないようにしていた事。

 けれどオレがどれだけ考えたくなくても

どんどんそれは頭をもたげてきて、もう目

を反らし続ける事が難しくなってきている

のを肌で感じた。

 オレが島崎をネタにして抜くのと、島崎

がオレをオカズにして自慰をするのは、た

ぶん同等の行為ではない。

 島崎の中ではもっと生々しくて、だから

こそリアルを求める。

 実際に自分の指を突っ込んで勃起チ●ポ

が萎えるのを目の辺りにしたオレとは状況

が違う。

 オレも萎えれば、今島崎とこんなふうに

関係がこじれることもなかっただろうか。

 体の相性が悪かったのだ、誰しもが岡本

のように突っ込まれて快楽を得られる体質

ではないのだと諦めて、せいぜい時々抜き

っこをする程度の悪友として付き合ってい

けただろうか。

 と、そんなオレの意識を脱衣所のドアが

開く音が現実に引き戻した。

 曇りガラスの向こうに背の高い影が揺れ

る。

 母親は今夜も職場に泊まりこみだろうし、

単身赴任中の父親でもないだろう。

 そもそもそんな消去法なんて無意味で、

その人影は一人しか心当たりがない。


「ミツ、あの…ホントごめん」


 オレより身長の高い島崎が曇りガラスの

向こうでしょげているのは手に取る様に分

かる。

 ここにきて、ようやく島崎を追い出して

からシャワーを浴びなかったことを後悔し

た。

 イライラしていて、それ以上島崎の顔を

見ていたくなかったのは事実だけど。

 素っ裸のオレと島崎を隔てているものが

曇りガラス一枚しかないと気づいたら、急

に不安でたまらなくなった。

 島崎は間違いなくヘタレだけど、いざと

なればオレを組み敷くことが出来るだけ体

がデカい上にヤラせてくれと土下座してく

るほど欲求不満だ。

 島崎が暴走して扉一枚開いたら、オレに

逃げ場はない。

 オレは無意識で肩を抱いてじりじりと浴

槽側へ後ずさった。


「あの、コップ洗って拭いて食器棚に適当

 に戻しておいたから。

 それとタオルもここに置いとくな」


 別にそんなのどうでもいいから帰れ。

 けれど島崎を顔色が見えないこの状況で

下手に刺激するのは危険な気がして言葉を

探す。

 しかしオレが返事を迷っている間に島崎

の影が小さくなる。

 床に膝をついたのだと気づくのに数秒か

かって、その間におずおずと島崎は口を切

った。


「俺と口ききたくないくらい怒ってる?

 って、当たり前か。

 本当にごめん。

 ミツが嫌がってるの分かってたけど、止

 まらなくて。

 毎日教室で顔合わせてるけど、全然喋れ

 ないし。

 秋口とかヒデとか席が近い他の奴らと喋

 って笑ってるの見てたら、なんかモヤモ

 ヤして。

 いや悪いことじゃないと思うし、むしろ

 良いことなんだけど…あー、えっと」


「……」


 島崎が一生懸命に言葉を探しているのが

影しか分からないガラス越しでも分かる。

 膝に置いた手で拳を作り、俯いて考え込

んでいるだろう。

 …別に島崎を避けていたわけではない。

 みんなで遊ぶ分にはそこに島崎が混ざっ

ていようがオレは気にしなかったし、文化

祭の委員会活動でここ最近ずっと放課後や

昼休みの時間を拘束されていたのは事実だ。

 ただ人目のない所で二人きりにならない

ようには立ち回っていた。

 理由は言うまでもない。

 “夏休みの続き”になるような雰囲気に

なったら困るからだ。

 悪戯にしてもやり過ぎたと家に上げてし

まったのは、目先の苛立ちが誤解だったと

知れて気が緩んだから。

 こんな展開になるならさっさと島崎を帰

していたのに。

 いや、島崎がおバカなチ●ポ脳だと分か

っているのだから結果なんて最初から決ま

っていた…そう責められたらオレも黙るし

かないけど。

 けれど無意識で考えていたのかもしれな

い。

 オレが島崎が本気で嫌がることをしよう

としないのだから、ヘタレ島崎だって乱暴

に事を運ぼうとはしないだろうと。

 そうしてなぁなぁにしておけば、抜きっ

こ程度の関係を続けていけるんじゃないか

って。


「秋口は頭もいいし、良い奴だって思うけ

 ど。

 でも俺のほうがミツと仲いいのにって。

 学校であんまり喋れなくても、休みの日

 だって遊べるし。

 今は文化祭の準備で忙しいけど、でもそ

 れさえなかったら俺が一番ミツと遊んで

 るし」


 なんだ…?

 これじゃ、まるで…。


「お前、まさか秋口に嫉妬でもしてんの?」


 あり得ないけど。

 だってそんな要素は一つもないはずだし。

 オレが秋口と話しているのはただの世間

話で、島崎と二人きりの状況を避けてたの

は単純にオレ達二人の問題だ。

 だけど、何故かそんな風に感じた。

 島崎の口の奥で燻っている感情。

 それを言葉にしたら、多分それが一番近

いんじゃないだろうか。

 それともオレの勘違いなのか。





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あきゅろす。
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