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短編集・読み切り



「……っ」


 迷ったのは1分か、5分か。

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、ベルト

に手をかける。


「俺に見えるようにこっちにケツ向けて両

 手で広げてね」

「っ!」


 ニヤニヤ笑う彼の注文に息を呑んだが、

彼の言葉に逆らうことはできない。

 今だけだと念仏のように唱えて、ズボン

と下着をずり下す。

 触れてもいないペニスがすっかり上向い

ている光景が目に飛び込んできて私の自尊

心を打ちのめした。

 どうしてなどと考えることはせず、腰を

くの字に折って白衣を捲り上げる。

 震える指先で自らの尻の肉を割ると、ピ

ンクのローターのコードを咥えこんでヒク

ヒクと震える蕾が外気と芹澤の視線に曝さ

れた。

 芹澤が明るい診察室でどんな目をそこに

向けているのかは解らない。

 しかし傍から見ればどう考えても私が好

き者の変態にしか見えないだろうと思うと、

走り出した鼓動はもう平静など忘れきって

いた。

 芹澤がゆっくり近づいてくる。

 芹澤の視線に曝された縁が広げる指先に

反発するようにキュンキュンと繰り返し窄

まる。

 ペニスの先端が切ない熱をもって訴えて

くる。

 もうプライドや世間体など無視した体の

反応に理性が歯ぎしりした。

 悦んでいるというのか、こんなことを強

いられて。

 それを認め、受け入れなければならない

というのか。


「へぇ…。

 美味そうに咥えこんでるじゃん」

「そんなことはっ、ぅぁっ!?」


 とっさに否定しようと口を開いたが、間

もなくそれは悲鳴に変わった。

 何の前置きもなく、無遠慮な指がコード

を締め付けて震える淵を押し広げて中に押

し入ってきたのだ。

 ローターを入れる時に多めに注いだ潤滑

液が縁の辺りまで蕩かしていて急な横暴に

も痛みは感じないが、驚きは口をついて出

た。


「物欲しそうだったからさ、先生のココ。

 でもデカい声出すと誰か部屋に入ってく

 るかもしれないよ?」

「っ!!!」


 今にも歌い出しそうな上機嫌な声で芹澤

は私を脅した。

 慌てて口をつぐむ私に、ますます面白そ

うに芹澤は空気を揺らす。

 今は全て芹澤が面白いように物事が転が

っている。

 だが、今だけだ。今だけ…。


「んっ、ふぅ…ッ」


 潤滑液の滑りを借りてあっという間にず

ぶずぶと奥まで入ってきた指先は体の奥の

ローターに触れる。

 そしてその玩具はちょうど私の弱い部分

を刺激して、たまらず腰を揺らして彼の指

を離すまいと縁に力が籠った。



「あれぇ?

 ローターはね、ちゃんとスイッチ入れて

 使わなきゃダメだってば。

 その方が気持ちいいって。ね?」


 楽しげな声で人の皮を被った悪魔が囁く。

 意に添わなければ抹殺してやると闇を研

ぎ澄ましながら。


「っ……」


 泣きたかった。

 だが泣けなかった。

 体が意識に反して悦んでしまっている。

 己の一部すら自分自身を裏切っていた。

 その言葉に従えばどうなるのか、うすう

す分かっているのに。

 ローターのコードを手探りで辿って片手

をローターのリモコンへと伸ばす。

 確か電源OFFの状態からつまみを回し

た分だけ振動レベルが上がったはずだ。

 手探りで探し当てたリモコンのつまみを

ゆっくりと回した、つもりだった。

 指先が汗で滑ったのは誤算で、私に命じ

た芹澤は当然のように体の奥の部分にロー

ターを押し当てていた。


「くぅッ、んんッ…!!」


 とっさでも声だけは辛うじて抑えた。

 しかし…。


「あはっ。

 先生ってばいつの間にケツだけでイケる

 ようになったの?

 それともコレが届いてから毎日使ってた?

 ヤッてる時も射精するよりケツの穴にズ

 コズコ突っ込まれてるほうが好きだもん

 ね?」

「っ!!!」


 飛び散った白い体液を見て驚愕と自己嫌

悪に陥っている耳にさらに追いつめるよう

な言葉が刺さる。

 自慰の時ですら後ろしかまともに弄って

いなかったのは事実だ。

 いっそ前など擦らなくてよくなればいい

のに、と思っていたことも事実だ。

 しかしこの玩具は今朝袋から出したばか

りだ。

 自慰で使ったことは当然ない。

 もともと性的快楽を生むために作られた

振動玩具だから、それで快楽を得ても不思

議ではない。

 …だが、それだけではないと気づいてし

まった。

 黒い、愉悦。

 明るい昼間の診察室。

 ドア一枚、壁一枚、隔てた向こうには同

僚や患者の人に気配が常にある。

 いつ気づかれてしまうかもしれない恐怖。

 そして何より、神聖な職場でこんな痴態

を曝し絶頂を迎えてしまった罪悪感、倒錯

的な欲望。

 年下の芹澤に変態だと嘲笑われながら犯

される屈辱。

 全てがスパイスで快楽なのだ、と。

 そしてその事実が、どうしようもなく理

性を打ちのめす。

 変態のフリをしなければいけないと思っ

ていた。

 レイプ魔であり脅してくる芹澤を怒らせ

ず、そしてそれと気づかれないまま芹澤に

紹介状を渡すためだと。

 けれど体は正直だった。

 最初からどうしようもなく正直だったの

だ。

 体の奥を芹澤にグリグリと抉られるのが

好きだった。

 今となっては自慰はそこしか弄りたくな

いくらい。

 体力も気力も奪われると分かっていて、

それでも呼び出しを断れなかった。

 射精できずとも腰が壊れるくらい奥をガ

ンガン抉ってくれたら何度でも射精によっ

て途切れてしまう快楽とは違う絶頂を味わ

えた。

 そして今、朝から一度も扱いていないペ

ニスが精液を噴き出した。

 外に他人の気配がある診察室で、芹澤の

指に犯されながら。

 それが気持ちいいから。

 どうしようもなく気持ちいいから。

 こんなのは変態の思考だ。

 気づきたくなかった。

 フリをしているだけだと、思っていたか

った。

 自分も周囲も騙したままでいたかった。

 自分が後ろ指をさされ軽蔑されるような

類の変態だと気づきたくなかった。





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あきゅろす。
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