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短編集・読み切り



「欲しいならあげるって言ったのに、ソレ」


 突然の気配に驚いて持っているDVDを

落としてしまいそうになる。

 反射的にケースをしっかり握ってそちら

を向くと底意地の悪い笑みを浮かべた青年

がこっちを見下ろしていた。

 いつから?

 いや、いつの間にシャワールームから出

てきたのか。

 気配を感じなかった。

 いや、今はそれどころではなくて。


「こ、れは…っ」


 喉がひきつる。

 向けられる笑みが胸の奥にまで罪悪感を

擦り込ませていく。

 なんとか体裁を取り繕わなければと思え

ば思うほど言葉が出てこない。

 現場を見られてしまっては言い逃れなど

意味がないという諦めが急速に心を覆い、

青年を直視することが辛くなって俯く。


「べ…つに、欲し…った訳じゃ」


 しかし何か答えるまでは許さないという

沈黙と視線に耐えかねて、やっとそれだけ

を喉から絞り出す。


「欲しかったんじゃないなら、なんで持っ

 てるの?」

「ぅっ…」


 “少なくともこれがなければ、どこかに

置き忘れるかもなどという脅しには怯えな

くてよくなるから”

 そこまで考えて、惨めになってやめた。

 それを口に出すのはあまりに情けない。

 盗人まがいのことをした挙句に何歳も年

下の青年の手の内でいいように踊らされて

いるのだと認めてしまうことになる。


「その、気になって…」

「何が?」

「あの夜は、何も見えなかったから…」


 言い訳を探して、ようやく絞り出せた言

葉は先程の言葉と完全に矛盾してしまった。

 自分がレイプされた時の映像を見たかっ

た、なんてちょっと出来心でと言うよりも

タチが悪い。

 カァッと熱が頬の表面に貼りついた。

 合意無く拘束され、尻に性器を突っ込ま

れて何度も射精するという言い逃れのでき

ない過去が記録という形で手の中にある。

 それを見たいと思った、なんて。

 言い訳をするにしても自分の立場をより

悪化させているではないか。


「ふぅん?

 センセって変態っていうか、マゾっぽい

 なと思ってたけどホンモノだったんだ?」


 即座に否定したくなる衝動を俯いたまま

ぐっと堪える。

 ここで否定すれば、今度こそ言い訳のし

ようがなくなる。

 脅される材料を減らす為に盗んだと知ら

れるより、変態だと思われても自分が観た

いがためにDVDを盗んだと思われたほう

がずっといい。

 キレたら相手を殴ってレイプするような

思考の青年を怒らせたら、今度は何をされ

るかわからないからだ。


「じゃあさ、次の診察の時にケツにロータ

 ー仕込んできてくれる?」

「…え?」


 何を言われているのか理解できなくて反

応が遅れた。

 今、聞き慣れない単語が耳に入ってきた

ような気がする。


「ローター、知ってるでしょ?

 キツかったらローション使ってもいいよ。

 ま、俺のチンコ突っ込まれてヨガっちゃ

 うセンセならローターなんて余裕だと思

 うけど」

「そ…んなもの入れて、仕事なんて」


 下品な笑いを浮かべる彼に無理だと首を

横に振る。

 朝からそんな物を体の中に入れていつも

通りに仕事をすることなんてできない。


「出来るよね?

 だってセンセは変態なんデショ?」


 軽い声色が途切れた言葉の先に続けてく

る。

 やらなければ矛盾だらけの言い訳など信

用しないと、笑っていない目の奥の闇が告

げていた。


「そんな物、持ってない」

「買えば?

 アダルトショップにもあるし、ネット通

 販でも売ってるよ」


 せめてもと悪足掻きをしてみるが、青年

は意に介した様子もなく笑いながら一蹴す

る。


「センセは自分でローターを買って、自分

 でそのローターをケツに入れて、俺が診

 察室に来るの待ってんの。

 センセは病院なのにおねだりまでしちゃ

 う変態だから、そんなのご褒美だよね?」


 最後に笑顔のままダメ押しで畳み掛けら

れて、それでも嫌とは言えなかった。

 ここで否定して抵抗すれば、もっと追い

つめてやるとその笑っていない目が告げて

いる。


「…わかった」


 それに抗うだけの気力は、もう残ってい

なかった。






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