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短編集・読み切り



 ゴンッ

「ぐっ!?」


 掴まれていた手首を振り払った直後に十

分に力を溜めた拳をそのふざけた横顔にお

見舞いした。


「高取でなくてよかったね。

 顎の骨折るほどの筋力はないよ、さすが

 に」


 折れるもんなら折ってやりたかったけど、

と殴られた頬を押さえて呻く島崎に投げつ

ける。


「そういうふざけたことは、ローションの

 ボトルをケツに突っ込めるようになって

 から言いなよ。ね?」


 殴ったばかりの拳をさすりながらにこや

かに吐き捨てると、床に投げ出してあった

鞄を掴んで


 グイッ


「んっ!?」


 体が引っ張られるようにして傾いて、一

瞬息が出来なかった。

 ドスンという衝撃と共に体を打ち付け、

遅れてベッドのスプリングに受け止められ

たのだと理解する。


「ちょっ、何すっ」

「頭に血が上るとそうやって人の言う事を

 最後まで聞かなくなるの、ミツの悪い癖

 だよ」


 体を起こそうとして、上からかぶさるよ

うにしてオレを捕える島崎に阻まれる。

 呻くだけあったのか殴ったばかりの頬は

まだ赤いけど、島崎の目には焦りも取り繕

おうとする影も見えず場違いなほど静かだ。

 島崎が本気でキレたところなんて見たこ

とないけど、その目は不思議なほど俺を焦

らせる。

 体格の差かそれともここまで島崎を支え

てきた疲労が手伝っているのか、島崎の下

から抜け出すことができないことも大きか

った。


「るさいっ。どけ、バカッ」

「ミツが俺の話をちゃんと聞いてくれたら

 どくよ」


 もう一発くらい殴りつけてやりたいのに、

生憎と抑え込まれた手首は今度こそビクと

もしない。

 悔しくて情けなくて、そしていつもと違

う島崎がほんの少しだけ怖くて下唇を噛み

しめる。

 オレが抵抗を諦めて肩の力を抜いたとこ

ろでようやく島崎の力が弱まった。


「ミツをダッチワイフにしようとか、そん

 な風に思ったことなんか一度もないよ。

 それはミツの誤解だし、俺を信じて。

 いい?」


 焦りなんか微塵もない静かな声で諭すよ

うに念押ししてくる。

 オレは返事をしたくなくて顔を背けた。

 こんな体勢でそんなこと言われたって説

得力の欠片もないだろう。


「こんな風にするつもりはなかったんだけ

 ど、ミツと喧嘩するとしばらく口きいて

 くれないし俺のことも避けるから。

 でもこんな話、誰かがいる場所じゃでき

 ないし。

 だから、ごめん」


 “ごめん”と言いながら、相変わらず島

崎は俺の動きを完全に封じたままで言って

いる事とやっていることが噛み合っていな

い。

 だがしかし、今その手から解放されたら

オレはさっさと家に帰るだろうし、当分の

間は島崎の顔すら見たくなくなるだろうと

いうのはおそらく間違っていなかった。





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あきゅろす。
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