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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 俺がフォロメニア体質を開花させた時、

麗はまだ中学1年生だった。

 まだまだ小学生だった頃の幼さが抜けき

れない可愛い弟だった。

 けれど今では俺の身長を追い越し、2年

後には大学卒業も控えている。

 今は昼のカフェで昼食を共にしているが、

俺の体質にさえ問題がなければ居酒屋やバ

ーにだって気兼ねなく誘える年齢になって

いる。

 就活が上手くいって自立できれば実家を

出て一人暮らしだってできるようになるだ

ろう。

 そういう状況を考え合わせた上で麗は問

いかけたのではないのだろうか。

 もし別の相手を選んでいたら、と。


「……」


 俺は湯気の立つコーヒーをティースプー

ンでかき混ぜながら返答を考えた。

 それは麗の問いに関する答えというより

は、どんな言葉を選べば麗をより傷つけな

いだろうかという一点にのみ注力していた

が。


「確かに麗の言う通り、別の誰かを選んで

 いたら変わっていたかもしれない」


 俺が何でもないように、そう心掛けて返

した言葉にコーヒーカップを握っている麗

の指先がその緊張を表すようにピクッと震

えた。

 俺が想像している以上の緊張が麗の全身

を支配しているのだと感じて、俺自身も細

心の注意を払って次の言葉を唇にのせた。


「例えばもし俺がクロードを選んでいたら

 とっくに日本からいなくなっていたかも

 しれないし、麗を選んでいたらもっと穏

 やかな日常があったのかもしれない」


 今までずっと弟として接してきた麗をそ

の可能性がある相手として挙げることには

少なからず抵抗があった。

 俺の体質が発覚した直後は色々なことが

ある中で、麗とも兄弟として超えてはなら

ない一線を越えてしまったこともあった。

 でもそれでも麗は俺にとって大事な弟で、

そこから外れたことはない。

 同じく血を分けた兄弟なのに兄貴と麗で

は何が違うのかと問われても、俺にも上手

くは答えられない。

 ただ一つ言えるのは俺が就職を諦めるこ

とになった事件も俺の心に大きく影響した、

それだけだ。

 そこまで考えて、俺はふっとさっきの麗

の言葉を思い出す。

 “たとえ血の滲む様な努力を続けても、

小さな歯車が一つ噛み合わないだけでその

努力が報われない者もいる”

 これは、もしかして…。


「でも俺がずっと一緒にいたいと思ったの

 は兄貴だから。

 確かに今の生活は窮屈だし、兄貴は分か

 らず屋だけど…でも兄貴の心配は俺の身

 を案じてるからこそだとも思ってるし」


 麗にそう伝えながら、俺はふと初めてか

もしれないと思った。

 俺は兄貴を選んだし、麗はきっとそのこ

とに随分前から気づいていたはずだ。

 けれど毎日メッセージを送り合うほど頻

繁に交流していても、或いは実家に帰省し

て顔を合わせている時でも、このことをお

互いに話そうとしたことはなかった。

 それはもちろん麗が尋ねなかったからと

いうこともあるだろう。

 俺自身も麗の気持ちに気づいていて、あ

えて言おうと思わなかったせいでもある。

 だからじっとコーヒーを見下ろす麗を見

つめた。

 麗は長いまつげを上げて、その青い瞳に

俺の姿を映した。

 それは俺が良く知る弟の麗の顔であり、

それと同時に俺の知らない麗の顔でもあっ

たかもしれない。

 そんな麗に向かって俺は微かに笑いかけ

た。


「俺は後悔はしないと思う。

 この先の未来で迷うことはあっても、自

 分の選択に後悔する日はきっとこない。

 覚悟ってそういうものなんだと思ってる」


 “僕の全てが駆のものであるのなら、駆

の全ては僕のものであるべきです”

 兄貴は甘い口説き文句なんてほとんど言

ってくれない。

 でもそのぶん、言ってくれた時のその言

葉の重さは10倍にも100倍にもなる。

 兄貴の言葉は誓いでもあり、約束でもあ

るから。

 兄貴が兄貴自身の言葉を裏切ることはな

い―その確信が俺の中にはある。

 だから俺も迷わない。

 俺が選んだのは兄貴だし、その選択を後

悔する日はきっとこない。

 仮にいずれ兄貴に見限られる日がくるの

だとしても、兄貴を選んだ過去を悔いるこ

とはないだろう。

 だって俺はこんなに兄貴が好きで、離れ

離れの生活など想像もしたくない。

 この気持ちを、そしてこんなに兄貴を好

きな今の俺という過去を丸ごと否定したく

なる日なんてきっと死ぬまで訪れないだろ

う。

 俺がそう言い切って微笑みかけると、麗

は瞼を上下させて瞬きする。

 そして空気ごと全てを呑み込む様にぎゅ

っと一瞬だけ強く目を閉じると、いつもの

穏やかな笑顔を浮かべていた。


「参っちゃうな、もう。

 兄さんはホントに秀兄さんのことが大好

 きだよね」


 あはは、と麗が笑う。

 全てを呑み込んで押し殺した麗の心中が

如何ばかりか、それを俺が察することはで

きない。

 だが麗の言葉選びを聞いて、きっと大丈

夫だと頭の片隅でもう一人の俺が考える。

 麗はもうきっと大丈夫だ。

 “もし…”なんて現実にはならなかった

可能性でこれ以上傷つくことはないだろう、

と。





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