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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 道をとぼとぼ歩きながら主人公は考える。

 もしあの日、違う選択をしていたらこんな

ことにはならなかったのだろうか、と。

 恋人に別れ話などせず、分相応な会社へ就

職できるまで就活を頑張っていたらもっと幸

せな未来があったのだろうかと。

 そんな主人公の頭の中に運命を司る神様が

現れてこう告げる。

 『そんなに望むのであれば、お前が選ばな

かった未来を見せてやる』と。

 別れ話をすることなく就活を続けた主人公

は恋人との口喧嘩が日常化していったものの、

相変わらず就職先は決まらない。

 売り言葉に買い言葉でもう別れると恋人の

方から切り出されてしまうも、このタイミン

グで恋人の妊娠が発覚。

 ここでようやく「俺、頑張るから」と主人

公は覚醒し、身の丈に合った企業への応募を

始める。

 それほど時間をかけずに就職先が決まり、

結婚した後で子供も生まれる。

 けれど新しい職場に慣れることに必死な中

で産後の妻と赤ん坊の世話、そしてそれまで

ほとんど手伝ってこなかった家事が主人公の

両肩に一気にのしかかってくる。

 イライラが蓄積してつい“俺が養ってやっ

ているのに”とか“これじゃごく潰しだ”と

いった暴言が増えていく。

 妻の方も“アンタが無職の間ずっと養って

あげていたのは私”、“でもそんなこと言っ

たことなかったでしょ”と応戦してしまう回

数もおのずと増える。

 妻の妊娠以来無くなっていた日常的な口喧

嘩が復活し、夫婦仲は険悪になっていく。

 それでも何だかんだとやってきて、結婚の

後すぐに生まれた子供も中学生になった。

 ある日些細なことから大喧嘩に発展してし

まい、主人公は家を飛び出す。

 そしてその道すがら考える。

 もしあの日に別れ話をしていたら、と。


「あらすじだけ言うとなんか重いシリアス展開

 みたいに聞こえるかもしれないけど、これは

 笑劇なんだ。

 えっと…吉本の新〇劇みたいな感じでね、コ

 メディタッチでギャグとかオチが何度も出て

 きて客席からは何度も笑い声が聞こえてきた

 んだよ」


 俺が話を聞きながら難しい顔になっていくの

を察したのか、麗は俺のイメージを訂正するた

めのフォローを入れる。

 なるほど、と素直に感心した。

 シリアス展開で重く語るよりはコメディ展開

で笑いを取りながらの方が観客にとっては楽し

める作品になっただろうと。 


「それで、その後の展開はどうなったんだ?」

「運命の神様がね、こう言うんだ。

 『何が間違っていたのか、お前に解るか』」


 主人公は、もう一つの未来を選んでいたらも

っと幸せになれたかもしれないと考えていた。

 けれど選ばなかったもう一つの未来でもあの

日の選択を間違えたのではないかと思いを巡ら

せた。

 ならばどうすればよかったのか。

 どうすれば幸せになれたのか。

 何が『間違って』いたというのか。

 主人公は思い悩む。


「答えを出せない主人公に神様はこう言う

 んだ。

 『お前には努力が足りなかったんだ』っ

 て。

 『お前がしたと思い込んでいる努力は実

 際は自分の為のものでしかない。

 家族となったのならば、その家族の為の

 努力が必要だったのにお前はそれに気づ

 かなかった。

 だからどちらの未来を選んでも後悔する

 ことになるんだ』ってね」


 喜劇の中に埋め込まれた言葉。

 この劇がたとえ喜劇でも悲劇でも、恐ら

くこの言葉は変わらなかったのだろう。

 この劇のテーマに対する脚本家の答えで

はないだろうか。

 そう考えたらこの運命の神様の役はとて

も重要なポジションだったのだと思う。

 元々は主人公の父親役だったのも、この

セリフを言わせるためだったのだとしたら

頷ける。

 主人公の父親だからこそその心の奥にま

で届く言葉だったのだろう。

 その代わりが務まるのだとしたら、きっ

とそれは神様みたいな存在になるのだと思

う。

 主人公のもう一つの可能性を示して、そ

れでも結果は変わらなかったなんて言える

のは神様くらいだろうから。


「兄さんはどう思う?」

「へ?」


 ウエイターが運んできてくれたコーヒー

のカップに砂糖とシロップを入れていた俺

は突然話を振られてぽかんとしてしまう。

 麗はそんな俺を見ながらブラックのまま

のコーヒーのカップを持ち上げつつ言葉を

続けた。


「神様はそう言ったけど、努力だけで補え

 ないものっていっぱいあると思うんだよ

 ね。

 たとえ血のにじむような努力をし続けて

 も、小さな歯車が噛み合わないせいで上

 手くいかないことって普通に転がってい

 たりするでしょう?」


 麗に言われて確かにその通りだと思いな

がら俺はコーヒーにミルクを注ぎ入れる。

 コーヒーの焦げ茶色に白が混ざってゆっ

くりと全体の色が変わっていくのを見なが

ら俺は麗への答えを探した。





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