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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「……」


 だけど兄貴にそれをそのまま伝えたとし

て、兄貴はそれを信じてくれるだろうかと

も思う。

 何せ兄貴からしたら俺は目が離せないレ

ベルで鈍感、らしいのだ。

 ただでさえ兄貴が警戒している麗と会う

為には兄貴を納得させられるだけの材料が

必要だ。

 考えろ、俺。

 今ここで頑張れたら麗の同伴付きなら外

出を許可してもらえる方向に向くかもしれ

ない。

 兄貴は麗を警戒しているけれど、麗はフ

ェロメニア体質が発現した俺と3年一緒に

暮らして何事もなかったという過去の事実

もある。

 兄貴の中の不安が麗の淫魔としての能力

不足ではなくて麗が行動を起こすかもしれ

ないという方がウエイトが高いのならば、

恐らくここを説得できれば流れを変えるこ

とが出来るはず。


「兄貴の不安っていうのはさ、麗の淫魔と

 してのチャーム能力じゃ俺に何かあった

 時に対処しきれないからって問題だけじ

 ゃないよな?

 それだったら麗をこの部屋に呼べば解決

 だって思うんだけど、それも嫌なんだろ?」

「…気分は良くありませんよ」


 面と向かってこの質問を投げかけたとこ

は初めてだけど、兄貴はちょっとだけ考え

るような短い間の後で俺の言葉に同意して

小さくため息をついた。

 結局今までこの部屋に来たいと何度とな

く言ってきた麗の希望を退けてきた本当の

理由はやはりそれだったのだと俺は自分の

認識が間違っていなかった事を嬉しく思っ

た。

 まぁ俺が兄貴のことに関してはそこまで

鈍感じゃなかったという事実が嬉しかった

だけで、兄貴が麗を嫌煙しているという事

実はちっとも嬉しくないのだけれど。


「でもちょっと思い出して欲しいんだけど、

 麗と二人っきりになることなんて兄貴と

 暮らし始めた後も何度もあっただろ。

 むしろ俺が大学進学して実家を出るまで

 1人暮らししていた兄貴とは週末しか会

 なかったし、もし麗が俺に何かしようと

 っていたらその時に何かあったはずだと

 うんだけど」

「駆が引っ越してくるまでは麗にとっても

 決定打がなかっただけではないですか。

 それに一緒に暮らし始めて以降は駆が麗

 に会いに行くのを両手を振って歓迎して

 いたわけでもありません」


 反論する兄貴の眼差しの奥、苛立ちの中

の何かが不意に揺らいだ気がする。

 それは生まれた時からずっとすぐ傍で一

緒育ってきた俺でもともすれば見逃してし

まいそうなほどの僅かな変化だった。

 触れ方を間違えると此方に向かってくる

かもしれないという諸刃の反応でもあった

と思う。

 けれどそれを見た俺も確信する。

 兄貴の心の内に眠っている…いや、隠さ

れている感情。

 それは不安と混じり合った怯え。

 とても似ているようでいて、けれど決し

て表面上の不安を拭っただけでは消すこと

が出来ない感情。

 兄貴は麗の暴走を危険視している一方で、

きっと別の事も恐れてもいる。

 それはもしかしたら兄貴自身も気づいて

いないかもしれない、もはや擦り込みにも

似た認識。

 もし俺が兄貴と真逆の立場だったら不安

に思うかもしれないと考えたからこそ気づ

いた。

 それを他人はきっと怯えと呼ぶだろう。


「麗は多分、とっくに気づいてたよ。

 俺が兄貴を選んだって事。

 麗が俺に嫌われないように気をつけてた

 って認識が兄貴にあるなら分かってくれ

 ると思うけど」


 兄貴は俺の返しにちょっと驚いたように

瞬きして、けれどまだ何かを探る様に沈黙

する。

 俺は手を伸ばしてそんな兄貴の手に自分

の手を重ねた。

 俺を言い伏せる為に考えを巡らせなくて

もいいと。

 不安は不安で、考えれば考えるだけ膨ら

んでいくものだ。

 けれど例えば全ての可能性が0%ではな

いと考えるならば、1分後に大地震が起き

る可能性だって0ではないし原因不明のウ

イルスの発覚と蔓延でパニックが起きる可

能性も0ではないのだ。

 そんな映画のあらすじにでもありそうな

可能性だけでも挙げればキリがないし、そ

んなことを考えていたら何も出来ない。

 渡る前に石橋を叩き壊してしまうなんて

本末転倒だろう。


「確かに麗は可愛い弟だし、それはこれか

 らも変わらないと思う。

 でも俺が兄貴を選んだ以上は子供の時み

 たいに必要以上にベタベタなんかしない。

 麗も今は自分からそうしようとはしない

 し、俺もされそうになったら止めるよ。

 兄弟以上の関係になりたいと麗が言った

 としても、俺の気持ちは変わらない。

 兄貴が不安になるようなことはしないし、

 万が一そういう状況になったら麗を振り

 切ってでもここに帰ってくるから。

 俺にとっての家は兄貴がいる場所だから。

 だからもし麗を信じきれないんだとした

 ら、その分俺を信じて欲しい」


 重ねた兄貴の手をぎゅっと握りながら、

兄貴の目をじっと見つめて訴える。

 兄貴が不安に思うような、麗と兄弟の一

線を越えるような言動は俺が拒むから。

 俺の心も体も、とうの昔に兄貴の…兄貴

だけのものだ。

 あの時から続く俺の気持ちを信じて欲し

い。





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あきゅろす。
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