[携帯モード] [URL送信]

悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「そっか…。わかった」


 本心ではまだ心の何処かで戻れるのでは、

やり直せるのではと考えてしまうけれど。

 拒絶されてもいいから答えを出したいと

いう莉華の目に迷いはなく、そんな莉華の

気持ちに根負けした。


「でも一つだけ聞かせて。

 私の、どこがそんなにいいの?

 私にとってずっと莉華は従妹で幼馴染で、

 同い年だけど妹みたいな存在だと思って

 いたのに」


 胸の中の疑問や葛藤を宥め、私の手を胸

元で強く握りしめていた莉華に観念した笑

みを浮かべて尋ねる。

 すると莉華の手から余分な力がフッと抜

けて、莉華の体の震えが止まった。

 覚悟を決めたと言いながらけれど内心で

はやはり怖かったのだと知って、あたしは

そんな莉華をぎゅっと抱き締めて安心させ

てあげたいという自分自身の欲求を心の隅

で感じていた。


「そんなの、決まっていますわ。

 悪夢に閉じ込められた私の手を引いて外

 の世界に連れ出してくれたのは恵だった

 じゃありませんの。

 ずっと私の手を握って歩いてくれた恵の

 掌の温かさとそんな恵越しに見た世界が

 とても明るくて暖かったから、私ずっと

 怖くなかったんですのよ」


 莉華の言葉に淀みはなかった。

 まるでいつかその通りに告白しようと胸

の中で温めていた言葉のように。

 そして告白しながらほんのり頬を赤らめ

る莉華を見て、あたしは莉華が本当にずっ

とあたしを好きでいたのだと実感した。

 それと同時に自分の胸の奥で名前も知

らない温かい気持ちがじわりじわりと湧

き水のように湧き出してくる感覚を覚え

る。

 それがどんな感情なのか今の私にはよ

く分からなかったけれど、一つだけ確か

な欲求があった。


「キスの続き、しようか?」

「いいんですの?

 恵は本当に嫌ではありませんの?

 一方的に私の気持ちを押し付けられて迷

 惑だとか考えていませんの?」
 

 頬に触れていた莉華の手に自分の手を重

ねて誘うと、いつにない不安げな莉華の問

いかけが降ってきた。

 それがまだ幼かった頃の内気だった莉華

を思い出させて、私は自然に浮かんでくる

笑みを抑え込むことは早々に放棄した。


「迷惑だなんて、思わないよ。

 ただやっぱり莉華は私が知ってる莉華だ

 ったんだなぁって安心しただけ。

 友達が増えて人付き合いも上手くなって、

 もうずっと莉華に振り回されてばっかり

 だって思っていたけど」


 もうあたしが莉華の手を引いて歩いてい

るのではなくて、ずっと莉華が先を歩いて

あたしの手を引っ張っているように感じて

いた。

 けれど莉華はそう思っていなかったのだ

ろう。

 今でもまだあたしが莉華の手を引いてい

るから歩けているのだと思っているのかも

しれない。


「あたしはまだちゃんと莉華の手を引いて

 歩けてたんだね」


 莉華の心の奥底…深くて大切な部分では

まだ私が莉華を支えられていたのだろう。

 それがなんだか嬉しかった。


「そんなの、当たり前じゃありませんの。

 私はただ恵が離れていかないように必死

 だっただけですのよ」


 莉華の言葉に今までの様々な事柄が莉華

の気持ちと紐づけられて思い出される。

 男子生徒と極力二人きりで接触させない

ように色んな口実をつけて会話に混ざって

きた莉華。

 キスプリを撮らされる前日、つい莉華に

するように桐生弟の頭を無意識で撫でてし

まって頬を膨らませていた莉華。

 たとえ妄想の中と言えども同性同士の恋

愛を描くのはどうかと意見したあたしにい

つにない勢いで食って掛かってきた莉華。

 そういうあたしには理解できなかった莉

華の言動が、莉華の気持ちを理解してしま

えばすんなりと一本の糸で繋がる。

 莉華は子供の頃から変わってなんかいな

かった。

 ただその胸の内で密やかに芽生えていた

花の蕾を除いては。


「おいで、莉華」


 莉華に握られていない方の手を伸ばして

その頬に触れる。

 普段は編み込みで綺麗にまとめられてい

る長い髪がシャンプーの香りを漂わせなが

ら頬に触れる手の甲を撫でた。

 それが擽ったくてちょっと笑うと、莉華

は長いまつ毛を揺らして瞬きし、促すまま

顔を近づけてきた。


「んっ…」


 粉雪にキスするみたいにそっと唇を重

ねると、莉華の体がピクリと震えた。

 マシュマロみたいな柔らかい莉華の唇

をじっくりと感じながら、胸の奥の心臓

が高ぶっていくのを感じた。

 それはキスそのものに対する羞恥とか

莉華の気持ちに対する戸惑いとか、そう

いうのも勿論あるのだけど、きっとそれ

だけではない。

 それはまだきちんと言葉にして形容で

きるほど輪郭のハッキリした感情ではな

いけれど、少なくともあたし自身が莉華

を遠ざけようとするような類のものでは

ないのだという事はぼんやりと理解して

いた。




[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!