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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「お互いにいい年齢なのですから、もうそ

 ういった事は区切りをつけたらどうです

 か」

「そういった事って?」


 兄貴の言わんとしている事がよくわから

ず首を傾げて尋ねると、兄貴は一口緑茶を

すすって湯飲みをテーブルの上に置いた。


「不必要な馴れ合いですよ。

 人通りの多い場所に出向いてまで会う必

 要がどこにありますか。

 駆はまだまだ危機意識が足りなさすぎま

 す」

「馴れ合いって…ちょっと一緒に昼飯食べ

 るだけだろ?」


 何だか兄貴の機嫌がどんどん悪くなって

いっている気がする。

 言葉に棘があるし、わざと乱暴な言葉を

選んでいるような気がして仕方ない。


「“ちょっと”ではありませんよ。

 銀行の紙幣を輸送する時だって必ず複数

 名で現金輸送車を使って運ぶじゃないで

 すか。

 それでも万全ではないというのに、駆の

 危機意識といったら…」


 ジロリと冷たい目で忌々し気に睨まれる。

 でもさすがに現金輸送車と同列で語るの

はどうかと反論したら、ますます兄貴の眉

が吊り上がった。


「これだけ物流が豊かになった国であって

 も手に入らないものはいくらでもありま

 す。

 淫魔にとってフェロメニアはそういう存

 在です。

 たとえ億単位の紙幣を運んでいる輸送車

 があっても、淫魔にとってはフェロメニ

 アの誘惑の方が強いのですよ」


 さすがに憶は言い過ぎだろうと言いたか

ったけれど、もうそれは兄貴の肌を刺すよ

うな目が許してくれなかった。


「いい加減に弟離れをしてくださいと言っ

 ているんです。

 盆正月は実家に帰省するんですからそれ

 で十分でしょう」

「弟離れなんて言うほど麗と会ってないだ

 ろ。

 この前会ったのは盆休みの時だったし、

 あの時だって兄貴が忙しいからすぐに帰

 ってきただろ」


 本当はもうちょっと実家でゆっくりした

かったし、麗だけじゃなく父さんや母さん

とも顔を見て話したかったのに。

 喋っていたらそんな小さな不満が頭をも

たげてくる。


「毎日のようにメッセージのやり取りをし

 ているでしょう。

 まだ足りないんですか」

「それは直接会うのとは違うだろ?

 それにそうでもしなきゃ、俺この部屋で

 ずっと一人だし」


 家族や学生時代の友人とメッセージのや

り取りをするくらい許して欲しい。

 外出を制限され在宅仕事と家事をこなす

だけの毎日は、ひどく味気ないから。

 一緒に暮らしている兄貴だって毎日帰り

が遅いし、そんな状況でメッセージや通話

まで制限されたらどう息抜きしていいのか

分からなくなる。

 当たり前の買い出しでさえ禁じようとす

る兄貴に何度も訴えた時にも散々伝えた。

 出かけたくても出かけられない閉塞感に

ずっと縛られ続けるのは精神的にキツイも

のがある。

 それを再三訴えて、買い出しの必要性と

共に随分とプッシュしてようやく今の生活

を認めてもらえたのだ。

 だから危険だと睨む兄貴だってそれは重

々承知しているはずなのだが。


「そんなに目くじら立てなくてもいいだろ?

 そんなに危険だって言うなら、麗にマン

 ションの前まで迎えに来てもらうってい

 う手段もあるし」


 実は麗が電話でそう言っていたのだ。

 “もし秀兄さんがどうしてもダメだって

反対したら僕が送り迎えするよって言って

みて”と。

 大学の時間もあるしそんなことを本当に

してもらうつもりはないのだが、麗の予測

通りの取り付く島もなさについ口をついて

出た。


「ですから、それは」

「だって本当に遭遇するかなんてわからな

 いだろ。

 麗が送り迎えしてくれるなら俺も安心だ

 し、兄貴だって」

「僕は安心なんて出来ません」


 俺が言い終わる前にピシャリと否定され

た。

 自分から遮った手前兄貴のことを責めら

れはしないが、不満が胸の奥で渦を巻き始

める。


「俺は兄貴と一緒じゃなきゃこの部屋から

 出ることも出来ないのかよ」

「その方が安全だと言っているんです。

 随分と不満そうですが、買い出しは許可

 を出しているじゃないですか。

 そんなに顔を見て話したいのなら、今週

 末は図書館ではなく実家に帰りますか」

「そういうことじゃなくてっ…!」


 この息苦しい閉塞感をどうしたら理解し

てくれるのか解らなくて思わず声を荒らげ

た。

 自分から部屋に引きこもるのと外出を禁

じられるのとでは雲泥の差だ。

 でも兄貴はそんな経験はないからやっぱ

り分からないのだろうか。





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あきゅろす。
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