[携帯モード] [URL送信]

悪魔も喘ぐ夜 Character Episode



 不安な目で見上げた俺の視線を受け止め

てクロードは隣に体を横たえて深く息を吐

き出した。


「駆はどう思うん?」

「ハッピーエンドだったらいいなぁ、と思

 ってるけど。

 でも吸血鬼と人間じゃあ…」


 童話は元の種族が違うと決して結ばれな

い、という話をどこかで読んだ。

 美女と野獣もカエルの王子様も最後には

結ばれるが、人魚姫は泡になって消えてし

まう。

 答えは簡単で、野獣もカエルも元々は人

間だったものが魔法で姿を変えられてしま

っていただけだから。

 けれど人魚姫は美しい髪や声を差し出し

て人間の姿を手に入れても王子とは結ばれ

なかった。

 この童話は種族の違いだけでなく吸血鬼

と人間という捕食者と被食者の関係まで成

立している。

 だとすれば、エンディングは…。


「やから、今日はそこまでしか訳さなかっ

 たん?」

「うん…」


 隣で体を横向きにしたクロードは枕に肘

を乗せてその掌で自らの体を支えて此方を

見てきている。

 俺は本を開いたまま胸の上に置いて、そ

んなことまでバレちゃってたのかと心の中

で舌を巻いた。

 そんな俺に腕を伸ばしてきたクロードは

俺が胸の上に置いていた本を取りサイドテ

ーブルに置き、その腕ですっぽりと抱き締

めてきた。


「かわええなぁ、駆は」

「きゅ、急に何?」


 抱きしめられたまま頬や耳に沢山キスさ

れてくすぐったくて身をよじりながら問う。


「駆が毎日一生懸命に翻訳してくれてるん

 が嬉しゅうてたまらん。

 英語なんて話せんでも生活するんに支障

 ない環境で、それでも勉強してくれてる

 んは将来のことを考えてたりするん?」


 クロードに見事言い当てられて、俺はク

ロードに抱きしめられたまま言葉に詰まる。

 童話は純粋な英語では書かれていない。

 ただ単純に英語の勉強がしたいだけなら

イギリスで市販している文庫本でも買って

くればそれで事足りる。

 でもそうではないということに、クロー

ドはとっくに気づいていたのだ。


「敵わないな、もう…」


 クロードに抱きしめられながら小声で観

念して息を吐き出す。

 本当は手紙を書けるようになるくらいま

では黙っておいてサプライズで渡したかっ

たのだけれど。


「その…まだ将来的に生活がどうなるかは

 分からないけど、俺もクロードと同じ言

 葉が喋れるようになりたい…とは思って

 るから」


 顔の火照りを自覚しながら小さな声で白

状する。

 夕食の席で言われたクロードの言葉にど

れだけ俺が喜んだか、クロードには手に取

る様にバレてしまったかもしれない。


「ほんまに可愛えなぁ、駆は。

 このまま美味しゅう食べてしまいたいわ」


 “まだ”と言おうとした唇は開きかけの

ままクロードの唇に塞がれてしまった。

 俺を抱き締めて腰に回されていた手が背

中側からパジャマのシャツの中へと滑り込

んで素肌を撫でる。


「ん、ぅ…」


 触れた唇は優しく触れるだけで舌は顔を

出さず、味わうように何度も啄む。

 パジャマの中に入り込んだ掌は今にもパ

ジャマをずり上げてしまいたいように背中

を撫で回している。

 舌を絡めるディープなキスは俺が色々と

我慢できなくなってしまうので週末だけと

話し合いでと決めている。

 それでもキスを繰り返されるとキスの合

間に空気を取り込もうと薄く開いた唇にク

ロードの舌が触れそうで、その危うさが逆

に俺を煽っているのだと気づいたのは少し

前だった。


「クロー…、っ、待って」

「待ちたないって言うたらどないする?

 今夜は香らせすぎやで、駆。

 これ以上俺に我慢させるやなんて殺生や」


 唇が触れそうな距離で囁かれるクロード

の声は艶を帯びて鼓膜を擽る。

 腿にクロードのハッキリとした熱が擦れ

て俺はこれ以上の長い問答はクロードにと

って本当に辛いだろうと理解する。

 フェロメニアというのは本当に厄介な体

質だと思う反面、だからこそクロードに出

会えたのだと思うと複雑だ。


「一つだけ、だから。

 二人は…吸血鬼と女の子は幸せになれる

 の?」

「辛いだけの話を俺が駆に薦めると思うて

 るん?」


 夕食の時には結局知ることが出来なかっ

た答えは、微笑みと共に返された。

 そうであってほしいと願っていた答えが

得られて安堵した俺の顔にも自然と笑みが

浮かぶ。

 本の作者以上にクロードを信じてよかっ

たとじんわりと胸に温もりが点る。


 そうか。良かった。

 あの二人はきっと幸せなエンディングを

迎えられるんだ…。


 種族が違っても、捕食者と被食者の関係

でも、寿命に差があっても。

 あの二人は最後にちゃんと笑い合える。

 それが嬉しかった。






[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!