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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 コンコン


「誰や」

「カイルです。

 ご所望の物をお持ち致しました」

「入れ」


 クロードがテーブルの上に置かれていた

リモコンの一つを手に取ってボタンを押す

と鍵の開く音がして間もなく銀色のアタッ

シュケースを持ったカイルが部屋に入って

きた。


「遅い」

「申し訳ありません」


 責めるような鋭い一言にカイルは顔色を

崩さず平身低頭で詫びた。

 クロードの機嫌の悪さは俺が見てきた中

でも最悪クラスだと思うのに、さすがにカ

イルは長い間一緒にいるから慣れてしまっ

たのだろうか。

 焦ったり取り乱したりという様子は一切

なかった。

 そして足早にテーブルにケースを置く前

にチラリとお兄さんに目をやったようだけ

ど、顔面の怪我だけでなく蒼白になってい

る顔色を見ても眉一つ動かさなかった。


「こちらで宜しいでしょうか。

 ご指定がありませんでしたので、できう

 る限り早急にお持ちできる種類の多いも

 のを選ばせていただきました」


 カイルがアタッシュケースを開いて見せ

てくれている中身を覗き込むと、俺にはよ

くわからない器具や細かい工具のようなも

のがいっぱい並んでいた。


「これだけあれば事足りるやろ」

「く、クロード、さすがにサイレンサーを

 つけても硝煙反応は誤魔化せないぞっ」


 アタッシュケースの向こうから悲鳴じみ

た抗議が聞こえる。

 それを聞いたクロードは鼻で笑った。

 カイルは相変わらずの無表情だったけど。


「ピストルなんて入ってへん。

 どこで紛失したかもわからない鍵を探す

 よりピッキングの方が早いと思っただけ

 や。

 でも安心したわ。

 そないに怯えるっちゅうことは、自殺す

 る可能性を考えんでええってことやから

 な」


 先端が不思議な形をしている細い工具を

一本取り出して、クロードはケースの中身

が見えなかっただろうお兄さんに向かって

見えるように掲げた。


「兄上、今夜は地下で頭を冷やせばええ。

 贖罪の方法と今後のことをじっくり考え

 る時間はぎょーさんある。

 答えはまた日を改めて聞かせてもらいま

 す」


 クロードが向ける目は冷たいままだった

が、もうクロードの興味は目の前の工具一

式に向いているようで肌を切り裂きそうな

殺気はもう影を潜めている。


「連れていけ。

 ただし抵抗したり逃げ出すようなことが

 あれば、“ついうっかり”手足の1〜2

 本、片目くらいなら潰してええ」


 しかしカイルに言い放った命令はおよそ

情からはかけ離れたもので、興味が他に移

ったところで抱えている感情は変わらない

のだと無言で示していた。


「はっ」


 カイルもカイルで、そんなクロードの命

令を驚きもせずに受け入れる。


「ニール様、ご同行願います」


 未だ立ち上がれずにいるお兄さんの腕に

腕を回してカイルが促す。

 それでようやく観念したようにノロノロ

と立ち上がった。


「…さすが父上のお気に入りだ。

 末恐ろしい弟だよ、まったく…」


 呟くような声で吐かれた言葉は負け惜し

みだったのか、それとも。

 それを予想できるほど、俺はまだこの

お兄さんのことを知らなかった。


「一つだけ」


 カイルに脇を抱えられてゆっくりと歩

き出したその背中に、工具から目線を上

げないクロードが声をかける。

 立ち止まった背中に怒りも憎しみも滲

まない静かな声が語りかけた。


「『Ripper』にはたった一つだけ感謝し

 てる事がある。

 3年前に1本の国際通話を傍受して、

 その情報をある者に売ってくれた…

 その事だけは」


 その言葉にお兄さんは答えなかった。

 そしてクロードもおそらく返事なんて期

待していなかった。

 カイルに連れられてお兄さんが部屋を出

て、静かにドアが閉められた。

 3年前…そのキーワードが妙に頭に引っ

かかったけれど、それを尋ねてみるタイミ

ングを何となく見失ったまま俺はクロード

が細い工具を拘束具の鍵穴に差し込んで試

すのを黙って待っていた。

 そして何本かの工具をクロードが差し込

んでカチャカチャとやったと思ったら、不

意にカチャリと音をたてて親指を噛み込ん

でいた金属が緩んだ。

 ふっと肩から力が抜けて安堵から深く息

を吐き出す。


「こないに赤うして」


 暴れた時に散々動かしたせいなのか親指

は二本とも赤くなっていたらしい。

 俺の両手を掴んだクロードは俺の目の前

で赤くなっている親指にそっと唇を押し当

てた。


「もっと殴っとけば良かった」

「もう大丈夫だから」


 あれ以上殴ったりしたらそれこそ本当に

無惨なことになりそうで、苦笑いを浮かべ

てクロードを止める。


「駆は何も言わんで良かったん?

 怖い思いしたんは駆やろ。

 日本語でて言うたから、何か言いたいこ

 とがあるんやと思ったんやけど」


 そんなこと言われても何だか難しそうな

話をしていた二人の会話に割って入ること

なんて出来る空気じゃなかった。

 何も言いたいことがなかったと言ったら

嘘になるけど、自分の体質のことを考えれ

ば動機なんて聞いても仕方ないような気が

する。

 フェロメニアだから…それだけで見知ら

ぬ通りがかりの淫魔に攫われたり組み敷か

れたりしても不思議ではないと俺に言った

のは兄貴だったか、クロードだったか。

 突然そうなってしまった体質のせいで理

不尽に捕食されても不思議ではない存在に

なってしまったのだという事実を今真正面

から受け止めるほど強くなれなかった。

 それに…。


「俺の分までクロードが怒ってくれてたか

 ら。

 それにちゃんと助けに来てくれたし」


 クロードの逞しい拳でボコボコに殴られ

て、あんなに顔が真っ青になるまで追い詰

められたのを目の前で見ていたら、俺の中の

怒りの感情は勢いを削がれてどんどん小さく

なっていった。

 駆けつけてくれたクロードの顔を見た時

に俺がどれだけ安堵したか、クロードに

分かるだろうか。


「あかん。駆がしっかり制裁せな。

 誰がアイツを懲らしめられんねん。

 自分がしたことの罪の重さを分からせた

 らな」


 俺の手をぎゅっと握ってクロードが大真

面目に力説する。

 やっぱり俺よりクロードの方が何倍も怒

っているのかもしれない。

 だけどいつまでも怒りに囚われているこ

とは同時にされたことを生々しくさせて余

計に辛い。

 むしろもっと別の感情で心をいっぱいに

してしまいたかった。





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