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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「まぁこれは仮定の話ですわ。

 証拠を出して父上や世間に公表せーへん

 限りは」


 動揺を誤魔化すどころか怒る元気すら失

くして真っ青になっているお兄さんに十分

意図は伝わったと思ったのか、クロードは

息を吐いて睨み続けていた眼差しを緩めた。

 緩めただけで引っ込めたりはしなかった

けれども。


「『Ripper』は今までぎょーさんデータ売

 り捌いて荒稼ぎしてるらしいやないです

 か。

 対価を惜しまなければどんな相手にでも

 データを売ってきた。

 その分、不利益をもたらされた者たちか

 らは恨みもかっている。

 『Ripper』の正体を公表されたとしたら、

 3年後に生き残れる可能性は何パーセン

 トやろうなぁ」

「そう、だな。

 まぁ…無事では済まないだろうね」


 答える声が震えている。

 まるで判決を待つ罪人のようだ。

 今、その表情に笑みは一欠けらも残って

いなかった。


「 『Ripper』に残された道は3つや。

 今すぐ全てのデータと資産を手放して永

 遠にこの世界から消えていなくなるか。

 今よりも更に深い闇に紛れて生きていく

 か。

 それとも全て公の場に公表されて命を狙

 われながら逃げ続けるか…。

 もし兄上やったらどれ選びます?」

「っ……」


 唇を噛んだままお兄さんは俯いて答えな

い。

 その膝に置かれた手は真っ白くなるほど

強く握りしめられていた。


「例え話はこのへんにしときましょか。

 今すぐ答えが出るようなものでもないで

 しょうし。

 それで、ここでやらかした件についてど

 う責任をとってくれはるんですか、兄上」


 もうそれで最後まで論破できたというよ

うにクロードの目の奥に余裕が滲む。

 一つの大きな山を乗り越えて、残る一つ

の山も越えてしまおうとする力強さがあっ

た。


「どうって…何の話かな」

「とぼけても無駄や。

 全館の非常電源までストップさせたら、

 どれだけの損失が出るかくらい考えたこ

 とあるやろ」

「損失って…?」


 ここまで会話の内容は分かっても、会話

の中には入って行けずすっかり置いてきぼ

りだった。

 しかし今回、俺を助けるために電源を落

としてくれたことはさっき聞いたばかりだ。

 そのせいで損失が出たという方向に話が

進むなら、俺だって無関係ではいられない。

 そんな俺をちょっと困ったような顔でク

ロードは見つめてきて、けれど説明しない

わけにもいかないと思ったのか渋々口を開

いた。


「C&Mは父上が起業して、今の規模まで

 大きくさせた製薬会社や。

 システムやデータの大部分は本社や支店

 に移してあるけど、社内でほんまに重要

 なデータや淫魔に関係するデータなんか

 は全部この本邸にあるパソコンにデータ

 が入っとる。

 せやから、停電やなんかの急な天災にも

 対応できるように非常用の予備電源も常

 に稼働可能な状態になっとるんや」


 そういえば部屋の明かりが消えた時に妙

にお兄さんが焦っているような気がしたけ

れど、それは稼働するはずだった非常用電

源が作動しなかったせいなのかもしれない。


「その電力供給がストップして父上のパソ

 コン…実質上の会社トップのホストコン

 ピューターがダウンすると、それに繋が

 っとる各会社のホストコンピューターが

 停止するように最初からプログラムが組

 まれてんねん。

 C&Mは今や世界中に支店をもっとる会

 社や。

 本社、支社にはそれぞれに従業員全ての

 パソコンを管理するホストコンピュータ

 ーがあって、それは全てこの本邸にある

 パソコンに繋がっとる。

 10秒…たった10秒って思うかもしれ

 へんけど、それだけの時間本邸のパソコ

 ンがダウンしたら全社のホストコンピュ

 ーターが動かんようになる。

 世界で数人しかいないっちゅう専門のS

 Eが復旧させるまで、全業務に支障が出

 る。

 会社としては億単位の損失や」


 お、億…。

 現実味のない単位ですぐには頭がついて

いかない。

 億なんて単位はプロ選手の年俸とか、そ

ういうのをニュースで見る程度の感覚しか

ない。

 たった10秒で一人の人間が一生分働い

て稼いだお金が全て飛ぶんだと思ったら、

足元がグラつくような恐怖が襲ってきた。

 黙り込む俺の頭をクロードの掌が撫でる。


「駆はそんな顔せんでええよ。

 なんでレイプされた駆がそないなことに

 まで責任感じてるん?

 ニール兄上はそのくらい支払っても十分

 余るほど隠し貯金持っとるから大丈夫や」


 ニッコリ笑うクロードがさらにすごい言

葉を口にする。

 確かに俺は騙されたり色々とされた側だ

けど…それでもその賠償に1憶以上のお金

をクロードのお兄さんが本当に支払うとい

うのだろうか。


「当然ですよね、兄上?」


 ニッコリ笑って尋ねるクロードの目が少

しも笑っていない。

 それに気圧されたように渋々といった感

じでお兄さんは頷く。


「…請求書を出してもらえるよう父上には

 話をつける」

「ここからが本題やけど、それで兄上は駆

 にしたことの落とし前はどうつけるつも

 りなん?」


 クロードの声が一気に冷気すら帯びる。

 笑みが剥がれ落ちて、憎悪とも殺気とも

とれる空気が剥き出しになる。

 色々とされた俺以上にクロードが怒り狂

っているらしくて、真横にいる俺すら息を

呑んでしまった。


「本音言えば、全資産を慰謝料として差し

 出して地面に頭擦りつけられても許せへ

 ん心境なんやけども」


 その直視を受け止めるお兄さんの顔色は

悪いままだったけど、気丈に…というか、

もしかするとやけくそになって笑顔を返し

てきた。


「それでも許せないというなら俺にどうし

 ろと言うんだい?

 臓器を切り売りしたところではした金に

 しかならない。

 残るは一生奴隷として飼い殺すか、それ

 とも情報を公開して誰が一番先に俺をこ

 の世から消せるか盤上ゲームでもすると

 か」


 言いながら、最後になるにつれて声が小

さくなっていく。

 まさか実の兄にそんな仕打ちは出来ない

だろうという思惑が、一向に表情を崩さな

いクロードを目の前にして崩れ去ったよう

に。

 クロードはただ静かに一言だけ返した。


「俺の体には父上と母上の血が流れている」


 感情をぶつけるような激しさもなければ、

長々と説明するつもりもない簡潔な言葉。

 それを聞いて、お兄さんは今度こそ言葉

を失って沈黙した。





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