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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「父上の他にもう一人、この屋敷のシステ

 ムに干渉できる者が存在する。

 兄上、『Ripper』ってご存知ですか?」

「『Ripper』…?

 大昔にロンドンに徘徊したっていうジャ

 ックのこと?

 それとも新しく配信されたアプリか何か

 かな」


 お兄さんは笑いながら肩を竦めていて、

俺も何故クロードが突然そんな的外れな話

を持ち出したのか怪訝に思う。

 何か意味のある話なのだろうか。


「『Ripper』はプログラム業界の中でもご

 く一部の者達の間でよく知られている者

 の二つ名です。

 彼は二つの顔を持つ。

 何のリターンも求めず、ただただ最新の

 システムに侵入して様々なデータのロッ

 クを解除する表の顔。

 そうして得た情報を、それに見合うだけ

 のデータや金で闇で取引する裏の顔」

「面白そうだね、その話も。

 小説か何かだったら、だけど。

 それで、それがどんな関係があるという

 んだい?」


 大袈裟に肩を竦ませて見せるけど、そん

な返答をされてもクロードの表情は微塵も

揺らがなかった。

 クロードはなにか確証を握っている。

 難しい話は分からなかったけれど、俺は

直感でそう思った。


「『Ripper』の所有するパソコンは恐ろし

 くハイスペックで他からの侵入を許さな

 いシステムが構築されとる。

 そんじょそこらのハッカーでは絶対に入

 り込めへん。

 せやけど、唯一の欠点がある」

「へぇ…随分と詳しいんだね。

 それで欠点って?」


 笑いながら話す言葉に影がちらつき始め

る。

 何故だか、怯えているような雰囲気さえ

する。

 俺の気のせいかもしれないけれど。

 クロードの話が事実だとして、それがこ

の人にどういう風に関わり、どんな不利益

をもたらすのかが俺にはさっぱり見えてこ

ない。


「通常の停電であれば、非常用電源が稼働

 する。

 そうして電源が途切れることなく供給さ

 れている限りパソコンのシステムは生き

 続け、どんな侵入者も許さへん」


 ここでクロードは一度言葉を区切って、

さらに静かな声で続けた。


「…せやけど、その非常用電源までダウン

 してバッテリーを抜いたら…パソコンは

 強制的に電源が落ちる。

 その状態であるウィルスを仕込んだデー

 タを繋いでパソコンを再起動させたとし

 たら」

「ははっ。だから?」


 クロードの言葉を突き放すような明るい

声が笑い飛ばす。

 何かに怯えたような顔をしていたお兄さ

んはそんなことまるでなかったかのように

とても饒舌に話し始めた。


「いいかい、クロード。

 パソコンを強制終了させて再起動したと

 しても、データを読み込む為に管理者用

 アカウントでパソコンにログインできな

 ければウイルスデータを読み込んだとこ

 ろで大した打撃にはならないんだよ。

 そうだね、ゲスト用のアカウントでログ

 インしてパソコンをフリーズさせること

 は出来るかもしれない。

 けれど管理者しかアクセスできないデー

 タの類を別の媒体に落とし込むことは出

 来ないんだよ。

 もしその『Ripper』とかいう者が連続ロ

 グインの失敗回数が一定に達した場合に

 パソコン内部にあるデータを全消去する

 ようにプログラムを組んでいたとしたら、

 他人がデータ消失前に管理者アカウント

 でログインできる確率なんてほんの数%

 さ」


 一気にお兄さんが話し終えたところで、

クロードのポケットからバイブ音が響く。

 じっとお兄さんを見つめたままスマホ

を耳元に持って行ったクロードは、ゆっ

くりと口角を上げた。


「(そうか、ご苦労。

 回収した全データは予定の場所に運べ)」

「(デタラメだっ!!)」


 突然荒々しい声を上げて立ち上がったお

兄さんの顔には冷や汗が浮かんでいる。

 見開かれた目の瞳孔が限界まで開き、完

全に恐怖にとパニックに取り込まれている

者の顔をしてた。


「座りーや。

 まだ大事な話は残ってるんやから」


 その反応を受けてクロードの口調が乱雑

になる。

 苛立ちや怒りを内包した静けさがそこに

あった。


「俺がこの部屋に入れたんは全館の電源を

 非常用も含めてOFFにしたからや。

 そうせんとパスワードが勝手に書き換え

 られたこの部屋には入ってこられへんか

 った。

 当然、ニール兄上の部屋の電源も落ちと

 る。

 その間にたまたま誰かが侵入してパソコ

 ンのバッテリーを抜いてパソコンを強制

 シャットダウンさせHDDをさしてパソ

 コンを再起動させてデータを読み込み、

 内部データを抽出させていたとしても不

 思議やあらへん。

 そうでしょう、兄上?」

「ありえ、ない…。

 俺のパソコンに、他人がっ、そんなバカ

 な事…っ!!」

「鮮やかにロックを解除できる能力を持っ

 た者が、必ずしも自らの身を守るための

 完璧なロックを構築できるわけやない」


 驚愕し、冷や汗を浮かべながらブツブツと

呟いてお兄さんは、クロードの一言で呆然と

した表情で押し黙った。

 クロード達の話は何だか難しくて俺の頭

の中ではこんがらがってしまうのだけど、

お兄さんに言い負かされないクロードの態

度は心強くもあったが少しだけ心配にもな

った。

 それはクロードの容赦の無さからかもし

れないし、血の繋がった実のお兄さんだろ

うにという気持ちもあったかもしれない。


「『Ripper』はちょっと前に、ある取引を

 しとった。

 とある製薬会社に金を積まれて、C&M

 社の開発用データを売ったらしい。

 …父上は裏切り者には容赦せーへん。

 裏切った相手がたとえ血族の者であろ

 うと、協力者であろうと、徹底的に叩

 きのめす人や。

 そやないと周囲に示しがつかへんからっ

 て、よう言うてますよね。

 もし社内の極秘データを盗み取って勝手

 に売り捌いた『Ripper』が自分の身内や

 ったとしたら、父上はどないすると思い

 ます?」


 クロードの冷たい双眸が見つめる先で冷

や汗を浮かべていた体がガタガタと震えだ

す。

 傍から見ていたらただでさえ痛々しいほ

どに顔を怪我したその姿は哀れにすら思え

てきてしまう。





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あきゅろす。
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