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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「…クロード?」


 何故か迷彩柄のゴーグルをしているから

迷ったけれど、体つきといい服装といい、

他に考えられない。

 俺が声をかけるとようやくお兄さんに馬

乗りになって殴り続けていた誰かは、振り

上げていた腕を下ろした。

 そしてがっちりとしたフレームのゴーグ

ルを上げると、やっぱりそれはクロードだ

った。


「クロードっ…!」


 会いたかった。

 誰よりも助けに来てほしかった。

 無理かもしれないとも思った。

 間に合わないかもしれないとも。
 
 けれど来てくれた。

 それが嬉しい。

 起き上がって抱き着こうとして、未だ背

中の下で拘束されたままの親指を思い出し

た。

 起き上がろうとして叶わず、ソファに横

向きに倒れ込んでしまう。

 そしてクロードが馬乗りになっているの

が誰か、しっかり見てしまった。


「…っ!」


 お兄さんの顔は既に血だらけで、唇を切

っていたり高い鼻がひしゃげていたりとち

ょっと正視できない有様になっていた。

 騙したことはいけないと思うし、俺にし

たことも許せない。

 けれど俺が仕返しをする気が失せるほど

の鉄槌をすでにクロードが下していた。


「駆っ!駆ッ!!」


 あられもない姿になっている俺を抱き起し

たクロードが、息苦しい位の力で俺を抱き締

めてくる。


「クロード、くるしっ…」


 腕の力をもう少し緩めてくれと訴えるとま

だ強いながらもようやく腕の力が緩んで、俺

もクロードの肩に額を擦りつけてクロードの

体温と匂いを感じた。

 ようやく助かったんだという実感がわいて

きて、全身から力が抜けていく。


「怪我してへんか?

 怖い思いしたよな。

 遅うなってすまんかった。

 この部屋に入られへんようになってて、

 全館の主電源と予備電源のブレーカー落

 とすのに手間取ってたんや」


 矢継ぎ早に説明しながらクロードは俺を

抱き締めたまま頭を撫でたり頬を撫でたり

と、俺の無事を確認して安堵の表情を浮か

べる。


「うん。助けに来てくれると思ってた。

 ありがとう、クロード…」


 胸が詰まってそれだけ言うのが精一杯だ

った。

 そうして微笑む俺の額や頬や唇にいくつ

もキスを降らせる。

 それをくすぐったく思いながら、クロー

ドらしくて少しだけ笑ってしまった。


「クロード、これ開けられる…?」


 ちゃんとクロードを抱き締めたいのにそ

れが叶わず、背中の後ろで未だに俺の親指

を噛んでいる拘束具を見せる。


「こんなもんまで使うてたんか、コイツ…!」


 絨毯の上で伸びたままの男を一瞬物凄い

目で睨んだクロードは、それでも一度はそ

れを引っ込めて俺の指を噛んだまま離さな

い拘束具をじっと見た後でどこかに短い電

話をかけた。


「もうちょっと我慢してや。
 
 すぐにそれ外したるさかい」

「うん…」


 クロードが着ていた上着を俺の下半身に

かけてくれる。

 するとくぐもった呻き声がソファの下か

ら響いた。

 殴られて気絶していたのが覚醒したのだ

ろうか。

 ビクッと体が震えるのと、俺を庇うよに

クロードが抱き寄せたのはほぼ同時だった。


「(イテテテテ…)」

「(お目覚めか、ニール兄上)」


 ソファの下を見下ろすクロードの声は地

を這うように低い。

 クロードのこんな声を聴いたのは初めて

だった。


「(俺の不在を知りながらこの部屋に無許

 可で侵入し、俺の大切な者に手を出し

 た。

 全て事実ですよね?)」

「(可愛い弟の帰国を祝いたかっただけだ。

 この部屋でお前を待つことはその人間も

 了解済みだった。

 それにその人間、フェロメニアがお前の

 大切な者だなんて知らなかったよ。

 ほら、彼は指輪だってしていないし)」


 何を喋っているのか、英語で喋られると

今の俺じゃ全然聞き取れない。

 何だか急に蚊帳の外に締め出されたよう

な気分でいたら、クロードの目が急に俺の

首周りに向けられた。


「駆、指輪は?」

「あ…。

 チェーン、千切れちゃって…。

 指輪は確かテーブルの下に転がっていっ

 たと思うけど」


 まだ立ち上がることはできないらしいお

兄さんを踏み越えてクロードがテーブルの

下を探す。

 クロードがテーブルの下を探っている間

に立ち上がって、そのまま廊下へ続くドア

に近寄ろうとした。


「あっ…」

「(まだ話は終わっていません、兄上)」


 俺が言うより早くそれを見咎めたクロー

ドはよろけるお兄さんの胸ぐらを掴んで

唸るような声を出し、俺が座っているのと

は正反対側のソファーへと突き飛ばした。


「(乱暴だな、お前は。

 実兄なんだからもう少し丁寧に扱ってく

 れないか)」

「(丁寧に扱うべきと思った相手には親兄弟

 でなくともそうします。

 だが害成す相手と分かれば話は別だ)」


 そこでクロードは一息大きく息を吐き出

した。


「(今までクリスマスパーティにさえ顔を

 出さなかった兄上が俺の出迎えなど前例

 がありません。

 どんな言葉で駆を騙したのかは知りませ

 んが、少なくとも駆が内側からドアを開

 けることはシステム上出来ないようにし

 ていた。

 5重にかけたロックを全て解除したのは

 兄上じゃないですか)」

「(騙すなんて、そんな。

 俺はこの人間に嘘なんてついていないよ)」

「(彼には、でしょう。

 彼が俺の大事な者だと知らないと言うの

 なら、どうして彼が俺の贈った指輪を所

 持していることを知っているのですか)」

「(…っ!

 …なかなか手厳しいね、我が弟君は。

 でもパスワードの解除や変更なんて、こ

 の屋敷の中で出来るのは父上だけだよ。

 お前も知っているだろう)」


 全然どんな会話をしているのか分からな

いんだけど、俺に分かるように会話してく

れと言ったら我儘だろうか。

 じっとクロードの顔を見上げていたら、

お兄さんを追及していたらしいクロードが

ふとこちらを向いた。


「どないしたん?」

「俺にもわかるように話してほしいなっ

 て…。

 普通に喋られるとリスニングも怪しいか

 ら、俺」

「まぁ、そうやな。

 駆は被害者やし、知る権利もあるしな」


 クロードがいつも喋っている言葉遣いに

戻ってちょっと安堵する。

 言ってみて良かった。





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あきゅろす。
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