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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「それは後でいいんで、とりあえずどいて

 もらえませんか」

「じゃあ正解を教えてあげようか」


 俺の話を聞いてくれないのはやはり兄弟

だからなのか。

 しかしクロードの時とは感じ方が明らか

に違った。

 強引に押しのけようとする俺の右手首を

掴むと、その小さな穴に俺の親指を通す。

 カチャリと金属が擦れて嵌る音をたてて

親指にしっかりと金属の板が固定される。

 なんてことないはずの光景なのに妙に胸

騒ぎがする。


「外してください、これ」

「うーん、まだだよ。

 ほら、そっちの腕も」


 背中越しに左腕も引っ張られて、あまり

間をおかずに背中の方で左手の親指がカチ

ャリという音と共に金属製の板から指を抜

けなくなってしまう。

 嫌な胸騒ぎが確信にかわった。

 これは玩具なんかじゃない。

 拘束具だ。

 あの穴の開いた小さな板に両手の親指を

がっちりと噛み込まれて両手の自由が利か

ない。

 しかも背中の後ろで左の親指を固定され

たせいで腕の自由すら殆ど奪われていた。


「Thumb lockっていうんだよ、これ。

 日本では指錠って言うんだったかな。

 親指だけだけど、結構身動き取れないだ

 ろう?」


 焦って背中の後ろで手首を動かしてみる

けど、肌が赤くなるほど引っ張ってみても

親指の大きな関節のところで引っかかって

どうしても指が抜けない。

 俺の緊張はパニックにすり替わった。


「外してください、これっ!」

「俺、この玩具で遊ぶの好きだったんだよ。

 鍵を開けるのが楽しくてね。

 俺の遊びは開けるの専門だったから指に

 は嵌めなかったけど」


 今はそんなことどうでもいいというのに

お兄さんは少しも焦った様子がなく、まる

で世間話でもするような温度で俺に話しな

がら俺の首筋から肩にかけて長い指を滑ら

せた。

 懸命に親指を抜こうと手首を動かす俺の

耳に吐息をかけながら耳を寄せると低音で

鼓膜を撫でた。


「いいことを教えてあげようか。

 この家はね、人間を連れ込むことがある

 からどの部屋も防音対策はしっかりされ

 てる。

 どんな物音や声も壁一枚向こうの廊下に

 すら響かない。

 それとね、俺はいつも鍵を使わずにこの

 指錠を開けていたから、これに付属して

 いた鍵は子供の頃に何処かに紛失してし

 まったんだよ」


 ゾクゾクと悪寒が背中を往復する。

 誰も部屋に入れるなと言い残したクロー

ドの声と、甘いとずっと俺を詰り続けた兄

貴の声が嫌というくらい頭の中を巡る。

 動かないでいたら首筋をゆっくりと舐め

上げられて、全身に鳥肌が立った。

 この人にとって俺はもう獲物なんだとけ

たたましい警鐘を鳴らし続ける頭で理解す

る。


「こんなのクロードに見られたらっ」

「そうだね。

 だからさっさと始めちゃおうか」


 服の上から体の上をなぞる指先すら退け

られなくて悔しくなりながらせめてもの牽

制にとクロードの名前を出してみたけれど、

その表情を崩すことすらできなかった。


「どうしてっ!?

 仲がいいんじゃないんですかっ!?

 こんなことしたらっ」


 悔しくなってキッと睨むが、既にベルト

に手が伸びていて俺との会話なんて二の次

といった様子だ。


「仲がいいなんて言ってないよ?

 別に特別嫌いというわけでもないけれど

 ね。

 クロードって名前でアドレス登録した俺

 のサブアカウントから送ったメールを君

 が勘違いしたんだろう?」


 俺のベルトを外しズボンにさえ手をかけ

ながら、まったく表情を崩さないでお兄さ

んは話し続けた。

 上から抑え込まれている俺にできる抵抗

といえば体をくの字に曲げてその手の動き

を妨害することくらいでただの時間稼ぎに

しかならない。


「そんなっ。

 じゃあ、あの写真は…!?」

「あれ?

 クロードの隣に写っていたのは別の弟だ

 よ。

 飛行機で一緒に遊んでいたのはクロード

 と3つ違いの弟」


 ネタ晴らしにしてはあっさりしすぎてい

て、俺にとっては重要な話なのにお兄さん

にとっては本当にただの暇つぶしほどの価

値しかないのだと思い知らされる。

 裏切られたという気持ちが故意に騙され

たんだという悔しさに変わって膨れ上がる。


「じゃあ何が本当なんですかっ!?

 クロードの兄っていうのも、まさか」

「それは本当。

 現当主の息子の中で最も遭遇率の低い幻

 の息子ってところかな。

 そういう意味で君はとてもラッキーボー

 イだよ?」


 そんなラッキーは要らない。

 全力で神様か何かに返上したい気分だ。

 体をくの字に曲げて膝をがっちりと合わせ

て抵抗していたけれど、それも手慣れた淫魔

にかかればないも同然なのか下着ごとズボン

を膝の上までずり下されてしまう。

 空気に晒された尻が心細い位にスース―し

て、心の中でクロードに早く戻ってきてくれ

とSOSを出す。


「それにしてもフェロメニアのくせにこんな

 に隙だらけなんて驚いたよ。

 今までよく無事だったよね、君」


 匂いのせいで俺の体質は初対面であっても

淫魔にならばバレてしまうのか。

 そしてクロード不在のこの部屋に居座った

のは、最初から俺を狙っていたからだったの

か。

 そんな疑問が頭の中をグルグル回る。

 悔しさで唇を噛む俺の首元に手が伸びてき

た。
 

「こんな頼りない物がそんなに有効だったの

 かな?」

「あっ、触らないでっ…!」


 下半身にばかり集中していた俺は、その長

い指が指輪のネックレスを引っ張るまでその

目的が分からなかった。

 クロードから贈られた指輪は約束の証。

 それを身につけている間は、クロードと俺

の絆を保証する大切な物。

 それを初対面のレイプ犯に触られてると思

うだけで全身が総気立つほど嫌だった。


 それに触るな。

 俺の大事な物に汚い指で触るなっ!


 もう1秒でもその手が触れているのが許せ

なくて、衣服の乱れなど構わずに暴れる。

 Tシャツが捲れようがズボンが脱げようが、

その手を首元から引き離せるならそれで良か

った。

 それ以外のことなんて考えていなかった。





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あきゅろす。
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