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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「あぁ、もしかして日本人だった?

 悪いね、アジア人の見分けがつくほどア

 ジア系の知り合いがいないものだから。

 とりあえず中国語なら通じるかと試した

 だけ。

 そんなに緊張しなくても、君に危害を加

 えるつもりはないよ」


 大袈裟に肩を竦ませながらソファに歩み

寄ってくるその顔には笑みが浮かんでいて、

俺に理解できる言葉がその口から出たこと

で俺の緊張が少しだけ解かれた。

 さっきの赤い目は、俺には中国語が理解

できなかったから赤く見えただけなのだろ

うか。

 だとしたら必要以上に警戒する必要はな

いのかもしれない。


「クロードは、今いません。

 あなたは誰ですか?」

「俺はニール・J・クラウディウス。

 クロードの兄だよ。

 君の名を聞いても?」


 クロードの兄と言われれば何となく、本

当に少しくらいなら似てるような…気もす

るけれど。

 2カ月近くもイギリスにいるならまた顔

を合わせることもあるかもしれない。

 今も何か用があってクロードに会いに来

たようだし。

 だとしたらあまり露骨に警戒するのも後

々良くないかもしれない。


「桐生です。桐生駆」

「キリュウね、OK

 しかし、そうか。

 クロードは今いないのか…」


 ちょっと考え込むように黙ったけど、あ

まり迷った様子もなくソファに腰を下ろし

た。


「分かった。

 じゃあクロードが戻るまでここで待たせ

 てもらうよ」

「えっ!?

 あの、誰も部屋に入れるなって言われて

 て…」


 だから部屋で待たれると困る。

 そもそもこの部屋のドアはクロードが施

錠していったはずなのにどうしてこの人は

開けられたのだろうか。


「でも帰国したから会いに来てくれってメ

 ールしてきたのはクロードの方だよ?

 ここで会えるならその方が早くていい」


 ほら、とメール画面を表示させたスマホ

の画面を見せられる。

 本文が短い時間ですぐに読めるほど英語

に堪能なわけじゃないけど、差出人のとこ

ろにちゃんとアルファベットでクロードの

名前が書かれていたのは確認できた。

 お兄さんが尋ねてくるなんて言ってなか

ったけど、今は部屋にいないという連絡が

行き違ったのだろうか。


「あの…ドアに鍵かかってませんでした?

 クロードがかけていったはずなんですけ

 ど…」


 一番引っかかっていた疑問を思い切って

ぶつけてみる。

 するとお兄さんは口角を上げて唇に人差し

指をあてながら悪戯っぽく笑った。


「クロードのパスワードは誕生日だから、解

 りやすいよ。

 それともこの家で一緒に育った兄とはいえ、

 それを俺が知っているのは不自然?」

「いえ…」


 そうか。言われてみればそうだ。

 子供の頃から一緒に育って何度もお互い

の部屋を行き来する機会があったのなら、

お互いの部屋の鍵を開けるためのパスワー

ドを知っていても不思議ではない。

 最後の大きな胸のつかえがスッと消えた

ような気がした。


「まだ信じられない?」

「えっ、あの…」

「まぁ、来たのも突然だったからね。

 仕方ない。

 じゃあクロードが戻るまで、少し昔話で

 もしようか」


 まだ完全に信じきれたわけではない、

というのを見抜かれているらしい。

 返事に困っているとズボンのポケットか

らカードケースらしきものを取り出して、

中から一枚の写真を取り出してこちらに差

し出してきた。

 昔話と言われて興味を引かれ、差し出さ

れた写真を覗き込むと幼い二人の子供の笑

い合っていた。

 片方は活発そうな茶髪の男の子、もう片

方は大人しそうなブロンド髪の男の子。

 クロードとこのお兄さんの子供時代の写

真だろうか。

 それにしても…。


「可愛い…」


 やはり今でも幼い頃の面影があって、悪

戯が成功した時の得意げな笑い方なんかは

本当にそのままだ。

 今でも十分カッコいいけれど、これなら

子供の頃にキッズモデルをしていたと言わ

れても信じてしまう。

 そして子供の姿だとすぐ隣に写っている

ブロンド髪の男の子と兄弟だと言われても

納得してしまう。


「この時はね、手作りの飛行機を飛ばして

 新記録が出て大はしゃぎしたんだよ。

 その飛行機は最後に一番上の兄の部屋の

 窓から部屋に入ってしまって後でたっぷ

 り叱られてしまったけどね」

「へぇ…」


 クロードらしいな、と笑みが零れる。

 子供の頃からそんなやんちゃだったのか

と、お兄さんの近くに座り直す。

 もっとちゃんと写真を見たかったから。

 そしてもっとクロードの昔話を聞きたか

った。

 振り返ってみたら、クロードの昔話とか

聞いたことがない。

 クロードには後から聞いてみるとして、

今はクロードを待つというお兄さんから話

を聞いてみたかった。


「クロードって昔から悪戯大好きだったん

 ですか?」

「うーん、そうだねぇ。

 探求心が旺盛で、好奇心のまま色々と試

 す対象に兄弟や使用人が選ばれることが

 多かったって感じかな」


 周囲を巻き込む癖もどうやら子供の頃か

ららしい。

 少なくとも相手を本当に困らせる悪戯は

控えてほしいというのは頑張って説得して

分かってもらうしかないうようだ。


「あっ」


 見ていた写真が目の前で床に落ちてしま

う。


「あー、落としちゃったかな」


 俺の足元へヒラリと舞い落ちてきた写真

を拾い上げる為に背を丸めて手を伸ばす。

 その手が写真を掴む寸前に肩のすぐ傍に

気配を感じる。

 え?と思った時にはもう俺の上半身はソ

ファに倒れ込んでいた。


「あぁ、ごめん。

 ちょっとよろめいちゃって」

「いえ、あの…」


 早く退いてほしい。

 覆いかぶさる様に倒れられたままだと俺

が起き上がれない。


「それにしても君、いい匂いがするね」


 そんな俺の耳に信じられない囁きが届く。

 うなじに鼻息が触れるほど近くまで寄っ

た鼻先がしきりに匂いを体に取り込んでい

る。

 嫌な予感が胸に湧き上がる。

 クロードが純潔の淫魔であれば、その血

を分けた兄弟もまた純潔の淫魔であるはず。

 そんな当たり前の事実が嫌というほど脳

裏で警鐘を鳴らした。


「あぁ、昔話だったね?

 そういえばこんな玩具でも遊んだんだよ」


 ポケットの中から取り出されたのは10

円玉サイズの穴が二つ空いた金属製の細長

い小さな板。

 ぱっと見では使い道が全く分からなかっ

た。





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あきゅろす。
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