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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「駆は俺よりあのアホカイルに構われる方

 がええの?」

「そんなこと、ないけど…」


 クロードの笑みにピリピリしたものがは

しる。

 それが何故なのか分からないけど、何だ

か知らぬ間にクロードの機嫌が悪くなって

しまった。

 カイルと世間話もするななんて、いつも

自信たっぷりなクロードが考えているとは

思わないのだけれども。


「ここに来たのだって、クロードに毎日会

 えるからだし…」


 カイルが部屋を去った音を聞きながら小

さな声で付け足す。

 もしそれがクロードではなくカイルだっ

たとしたら、夏休みまるまるこっちで過ご

すなんて考えられなかっただろう。


「ほんまに?」

「他の理由だったら来なかったよ…」


 探るような眼差しに素直に頷くと、今度

こそしっかりと抱き寄せられた。

 カイルが部屋からいなくなって俺も抵抗

するつもりもなくそのままクロードの腕の

中に収まる。


「キスして、駆から」

「えっ?」

「出来るやろ?してくれへんの?」


 なんで、とは聞けなかった。

 確かに人前でないならキスする事そのも

のにはあまり抵抗はないけれど。

 クロードはカイルのことを気にし過ぎだ

と思うんだけど、どうすればクロードを説

得できるのかいまいち分からないのだ。

 今はとりあえずクロードの望み通りにし

ようとクロードの頬に触れた途端、バイブ

音が響いて動きを止める。


「誰や、こないな時に」


 苛立ちを滲ませたクロードの顔から手を

下ろす。

 また仕事の話かなと思う俺の隣でポケッ

トからスマホを取り出したクロードの顔色

が画面に指先を滑らせた瞬間に変わった。


「父上からや。

 なんや仕事の話があるみたいやから、俺

 だけ先に会って話してくるわ。

 続きは後で、な?」

「う、うん…」


 額に触れた唇の感触が少し擽ったくてち

ょっと笑ってしまう。


「ほな、行ってくる。

 鍵かけて行くさかい、誰か来ても返事せ

 んでええから。

 カイルと使用人連中にもそう言うておく

 し」

「うん?うん…」


 そんなに神経質に人払いをしないと心

配なんだろうかと不思議に思ったけれど、

クロードがそうしたほうが安心ならと頷い

た。

 そんな俺の頭をぽんぽんと撫でてクロー

ドは部屋を出て行く。

 閉じられたドアが再び施錠される音が小

さく響いた。

 クロードが居なくなった部屋は本当に広

すぎて、一人きりにされると改めて異国に

来てしまったのだと実感する。

 今までクロードが座っていた場所にそっ

と掌をのせるとまだ温もりが残っていた。


「ふー…っ」


 ゆっくりと長く息を吐き出しながらソフ

ァに体を横たえる。

 飛行機の中から眠っていたとはいえ、揺

れのまったくない地上で体を横たえるとや

っぱり違う。

 ベッドのような弾力のあるソファは長旅

の疲労が押し寄せてきた俺の体をしっかり

と受け止めてくれた。


「…やっぱりちょっと早まったかな…」


 心の片隅でずっとチクチク胸を刺してい

た気持ちを呟く。

 クロードに誘われるまま誘惑に抗いきれ

ずに海を越えて遠くに来てしまったけれど、

もっとちゃんと考えなくて良かったのかと

いう後悔が胸を押し寄せる。

 クロードは母さんに一応の了解はとって

あると言っていたけど、クロードにあんな

売り言葉を言われたまま一方的に通話を切

られた兄貴はきっと心配している。


「とりあえず母さんにメールしとこ…」


 電源を切ったままだったスマホに電源を

入れると、無事にイギリスに着いたことと

夏休みの間はクロードの家にお世話になる

つもりだから心配しないでほしいというこ

とを文面で伝える。

 どうしてクロードにパスポートを渡した

のか…そんな問いかけを書きかけて削除す

る。

 母さんが持たせてくれた料理はどれも俺

の好物だった。

 きっと母さんは分かっていたんだ、クロ

ードに誘われた俺がどうするか。


『駆が本心から行きたいって言うたら連れ

 てってええって了解もろた』


 車の中でクロードはそう言った。



『じゃあ気をつけて行くのよ?

 帰りは連絡して。食事の用意もあるし』

『うん。

 あんまり遅くならないようにするよ』

『あら、ゆっくりしてきていいのよ?

 夏休みなんだし』


 出かけにした会話も、俺はてっきり兄貴

の部屋でゆっくり勉強をしてきていいと言

ったんだろうと思ってた。

 けれど、もしそれ以外の意味もあったと

したら。

 イギリスなんて日帰りをするような距離

じゃないってことは母さんもよく知ってい

る。

 俺が“ゆっくりしたい”と思うような選

択をするだろうと思っていたから、あんな

言い方をしたんじゃないだろうか。


「母さんてば…」


 時々怖いくらい察しがいい。

 そういえば3年前のクリスマスも、それ

以降にクロードが突然来日して計画してい

た予定が大きく崩れても慌てたのは見た事

がない。

 母さんにはバレているんだろうか。

 俺の迷いや弱さも。


「……」


 ソファの上でゴロゴロしていた俺の耳に

ドアのロックが解除される小さな音が響い

た。


「クロード…?」


 忘れ物だろうかと顔だけ上げるとドアの

向こうから現れたのはブロンドの長い髪を

一つにまとめた長身の男性だった。

 体のどこを切り取っても男性的な筋肉の

ラインをもつクロードとは対照的で背丈と

肩幅こそ男性のものだけど顔の造形や肌の

白さが中性的なモデルのような人だ。


「あの…?」


 誰も部屋に入れなくていいとクロードに

は言われたけれど、自分で勝手に入ってく

る人がいる場合はどうすればいいのか聞い

ていない。

 そもそも俺はイギリスで通用するほど英

語を真剣に習っていたわけではないし、彼

の身元もわからないままだ。

 こんなに堂々としているのだから強盗な

んかの類ではないだろうけれども。


「あの、えっと…」


 寝転がっていたソファから起き上がって

何と言うべきか知っている英単語を頭の中

で組み立てる。

 そんな俺を見ていたその人はこちらに歩

み寄りながら唇を動かす。

 何と言ったのか、それは聞き取れなかっ

た。

 けれどその目が赤く光ったのを俺は見逃

さなかった。


「淫魔…っ!?」


 目の前にいるこの人が淫魔で、今俺に何

か暗示をかけようとしたという事実に体が

震える。

 ここは日本ではなくイギリスだ。

 そしてクロードの私室とはいえ、俺にと

っては初めて訪れた場所。

 初めての異国という心細さが恐怖を増幅

させた。

 『逃げなければ』

 思考は一瞬でその答えに辿り着き、ソフ

ァから腰が浮いた。





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あきゅろす。
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