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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*



「…どこに行くんだ?」

「うーん、着いてからのお楽しみって言いた

 いところやけど、さすがにそれは怒られる

 やろうなぁ」

「…?」


 どこか遠くへと目をやって短く刈り上げた

後頭部を掻くクロードの口の端は耐え切れな

いように持ち上がっている。

 それが何故なのか、どんな意味を含んでい

るのか、俺にはまだ分からなくて首を傾げる。


「なぁ、駆。

 駆の通っとる大学ってもう夏休みやん

 な?」

「う、うん…」


 いつもならストレートで物を言うクロー

ドが遠回しな言い方になっていることに気

づいて慎重になりながら答える。


「夏休みの間、俺と一緒に居たいと思わへ

 ん?

 こんな風に年に何度かしか会えへんよう

 なんとは違う。

 毎日会えたらええのにって思わん?」

「そりゃ…」


 思う、けど…。


「でもクロードの仕事に夏休みなんてない

 んじゃないのか?」


 もしそんなものがあるなら、きっとクロ

ードは毎年この時期日本に来ていたはずだ。

 多分、だけど。

 それが一度もなかったということは、恐

らくそういう休暇制度がない会社に勤めて

いるのだろう。

 だと、すると…。


「いや、あるで?

 ただ俺の場合は3年分前倒しでとったせ

 いで今年まであらへんけど」

「前、倒し…?」


 できるのだろうか、そんなこと。

 目を瞬かせていると、クロードは何でも

ないように笑い飛ばした。


「ほら、3年前に長いことこっちにおった

 やろ?

 あれは3年分の夏期休暇と有給休暇をま

 とめて先にとったからなんや。

 それもこれも社長が父上やったから出来

 たことやけど。

 まぁなんやかんや色々あってあんまりゆ

 っくりは出来へんかったけどなー」

「えっ、じゃあクロードはあれからずっと働

 きづめってこと…?」


 クロードはあっけらかんとしているけれど

聞いているとすごいことを言っている気がす

る。

 確かにクロードは本来学生ではなく社会

人だという話は聞いていたし、やけに長い

休みだとも思っていたけれど。

 そんなにたくさんのものを日本に滞在して

いた期間に注ぎ込んだとしたら、今どんな就

業状況なのだろう。


「言うても日曜日は会社閉めてるところがほ

 とんどやし、休みなしってわけやあらへん

 で?

 冬期休暇はそのままやから、毎年会いに来

 れてるやろ?

 そないな顔せんでええて。

 俺が好きでそうしたんやし」


 クロードはそう言うけれど、まとめてと

ったという休みの最中だってクロードは結

局仕事に追われていて忙しそうだった。

 本来の業務内容を全てこなしながら日曜

以外休みなく働いたとしたら、それって随

分な激務になるんじゃないだろうか。



「まぁ俺の話はええよ。

 そんなことより今日からの話な?」

「う、うん…」


 クロードの繋いだままの手にちょっとだ

け力が入った。


「駆が部屋で待っててくれたら毎日会える

 んやけどなーって思わん?」

「……うん?」


 笑顔を浮かべ続けるクロードが何を言い

たいのかすぐには理解できなくて、詳しい

説明を求めてクロードを見上げる。


「たとえ残業する日があったとしても、駆

 が待ってるんやったら本気出してさっさ

 と仕事片づけて帰るし。

 日曜やったら駆が行きたい所何処でも連

 れてったるし。

 駆の大学も夏休みに入ったし、その間だ

 けでも駆が俺の部屋で待っとってくれた

 らまた毎日会えるやろ?」


 な?と満面の笑みで覗き込まれて、よう

やくクロードの言っていることが本気なん

だと知れた。

 渡英…今まで何度も頭の中だけで考えて

きた話が、急にその輪郭を露わにする。

 色んな不安や心配事が一気に押し寄せて

きて、俺はとんでもないと首を横に振った。


「そっ、そんな急に言われても。

 だってレポートは書かなきゃいけないし、

 誠一郎や樹と遊ぶ約束もしてるし、それ

 にパスポートだってっ」

「レポートなら俺が手伝うし、加我や高瀬

 とは帰ってきてからでも遊べるやろ?」


 じっとクロードの目が俺の心の奥に隠し

た迷いを見透かすように見つめてくる。

 俺が隠している迷いも弱さも探し出して

掬い上げて溶かしてしまいたいみたいに。


「俺は駆の答えを急かしたいとか、そんな

 風には考えてへんよ?

 ただ一度も行ったことのない場所に住む

 やなんて誰でもなかなか思い切れんもん

 や。

 それが旅行や留学やなんて短期的なもん

 やないなら特にな?

 せやから、ええ機会やと思うねん。

 駆も大学生になって自由にできることも

 増えたやろ?

 こっちに来る間は全部俺が面倒みるさか

 い、こっちに移住する話ももう少し具体

 的に考えて欲しいねん。

 最終的にダメやったらダメでええけど、

 短い期間でもこっちで生活してみてから

 答えを出してほしい。

 そやないと俺が納得できひん」

「だけど…」


 心の奥底からムクムクと湧き上がってく

る不安。

 クロードの言葉だけでは晴れない深い闇

が胸を締め付ける。

 それは一言では言い表せない漠然とした

もので、けれどそれ故に簡単には晴れるこ

とのない深い闇だっだ。


「パスポート、持ってきてないし」


 何を言っていいのか分からずに、とりあ

えず浮かんだ言葉をぽつりと繰り返した。


「これのことか?」


 するとクロードは表情を変えずに自分の

ポケットから一冊のパスポートを取り出し

た。

 開かれた内側には紛れもない俺の名前と

写真。


「それ、どうして…?」


 あり得ないと思った。

 だってクロードに会ったのはついさっき

で、クロードは家の門すらくぐっていない

のだ。

 なのにどうしてクロードがそれを持って

いるのか。


「セシリアから預かった。

 駆が本心から行きたいって言うたら連れ

 てってええって了解もろた」


 俺の知らない間に俺より先に母さんに話

をつけるなんて…。

 順番が逆だろうと思う一方で、今まで答

えを引き延ばしてきた事実とそれに向き合

うクロードの本気さが垣間見えたような気

がした。





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