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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 小さな門を閉じて道路に出ようとしたら

一台の黒いリムジンが目の前に滑り込んで

きた。

 これは…。


「久しぶりやな、駆」


 スモークのかかった窓が自動で降りると、

太陽みたいな笑顔がこちらに向けられた。

 その笑顔が眩しいと感じるより先に驚き

すぎて何度も瞬きしてしまう。


「えっ、クロード?!なんでっ…?」


 春先に会えたのは幸運で、次に会えても

冬だとばかり思っていた。

 寂しさのあまりこんなにリアルな夢を見

ているのだろうか?


「駆に会いたかったからに決まっとるやん。

 元気やった?」


 クロードは疲れなんて微塵も感じさせな

いいつもの笑顔で車から降りてくると、伸

ばしてきた掌でそっと俺の頬に触れた。


「なんやまた痩せたんちゃう?

 ちゃんと食う物食うて体鍛えんかったら

 俺が心配するやんか」


 俺の頬を撫でた掌はそのまま首筋へとお

りて肩に触れ、頬に唇が触れる。

 かかる吐息が擽ったいけど、左右の頬に

同じように唇が触れて離れるまでは我慢す

るしかない。

 親愛の情を示す英国式の挨拶だから。

 慣れない挨拶の仕方でいつもドキドキし

てしまうのは、日本育ちなのだから仕方な

いと…思う。


「そんなこと、ないし。

 大丈夫、ちゃんと食べてる」


 早くなっている鼓動を隠したくて、努め

ていつも通りの口調で心配ないと告げる。

 クロードはそんな俺の首から下げている

チェーンに指先で愛おしそうに触れた。

 クロードの小さな動作一つ一つでドキド

キしてしまう。

 今日の日差しは強く輝き過ぎなのかもし

れない。

 チェーン越しに感じる体温が全身を火照

らせるようにすら錯覚してしまう。


「積もる話は車の中でしよか。

 時間勿体ないし」

「あ……。

 ごめん、今日はもう兄貴と約束してて…」


 クロードの言葉が俺に現実を思い出させ

た。

 場の空気を壊すようでできれば言いたく

なかったが、そうも言っていられない。

 クロードがいつ来るのか分かっていれば

調整もできたのだが、いつもクロードが顔

を見せるのは唐突だからどうしようもない。


「ええやん、アイツは。

 いつでも会えるんやし」


 “そうだけど”と言いかけて慌てて口を

噤む。

 兄貴が俺の勉強を見てくれるのは完全に

好意だ。

 こちらから頼んでおいて、その気持ちを

踏みにじるような事はしちゃいけない。


「来るって分かってたら、予定あけておい

 たのに…」


 俺だってせっかくクロードが日本に来ら

れるなら目一杯クロードと遊びたかった。

 色んなことを喋って、思いっきり遊んで、

沢山楽しい思い出を作りたかった。


「俺かて出来るもんならそうしてる。

 せやけど仕事の目途が立っていつ来られ

 るんかは直前でないと分からんし。

 …それに前もって計画して予定あけよう

 としても、不思議とトラブルやら多発し

 て来れんようになんねん」


 こればかりは仕方ないとクロードは珍し

く苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせた。

 高校に通っていた時もクロードは忙しそ

うだったし、イギリスに帰ったのならば余

計に仕事から離れられなくなるのは当然の

結果だったのかもしれない。

 …約束、明日以降に変更してもらおうか

な。

 予期せぬ再会に対する驚きが去ると今こ

うして目の前にいるクロードとの時間がす

ごく大事なものとしてじわじわ胸に染み込

んでくる。

 今このまま兄貴との約束を優先させて別

れたら、次にいつ会えるのか分からない。

 それはきっとクロードにも断言できない

ことだろう。

 レポートは夏休みが終わるまでに終えら

れればいいし…、と思考はもうそちらに走

り出している。


「ちょっと、待って」

「うん?ええよ」


 考え出したらもう迷っている暇も惜しく

なって、ポケットからスマホを取り出す。

 通話履歴の一番上にある兄貴の名前をタ

ップすると程なくして通話が繋がった。


「もしもし、兄貴?

 俺だけどさ…」

【はい。

 一体いつになったら着くんですか?

 まさか夏休み初日からだらけて寝坊でも

 したんじゃないでしょうね?】

「そ、そんなことはないけど…」


 通話が繋がったと思ったら兄貴の声は既

に棘を持っていて耳に痛い。

 連絡もなく待たされていることが兄貴を

だいぶ苛立たせているのかもしれない。

 そう思うとチクチクと胸を刺されている

ような心地になる。


「あの、さ…。

 勉強なんだけど、ちょっと今日は都合が

 悪くなっちゃって。

 出来たら別の日にしてもらえないかなー

 って思って」


 こんなことを言ったら兄貴は怒る。

 きっと怒るって分かってるけど、ダメ元

で頼んでみる。


【何ですか、都合って。

 学生の身で勉強より優先される事なんで

 しょうから、よほどのことだと思います

 けど。

 僕も暇ではないんですよ。

 夏休みは家庭教師のアルバイトを頼まれ

 ているお宅が何件もありますし、僕自身

 の為の勉強だってしなくてはいけないん

 ですから。

 それでも駆の為に時間を作った僕を納得

 させられる事情なんですよね、それは?】

「うっ…」


 兄貴は事実しか言っていないのだろう。

 あれだけ教え方が上手ければ家庭教師の

仕事も引っ張りだこだというのも頷ける。

 その兄貴との約束を“クロードと遊びた

いから”なんて理由で反故にすれば、後で

とんでもない仕返しをされそうだ。

 責められていても、沈黙が続いても耳が

痛い。

 下手な嘘をつくことも出来ず、かと言っ

て本当のことも言い出せずにスマホを耳に

あてたまま硬直する。





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あきゅろす。
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