[携帯モード] [URL送信]

悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「いやぁ、あんな迫力のあるバレーは久し

 ぶりだったよ、ニーチャン達。

 俺もあとちょっと若かったら負けはしね

 ぇんだけどよ」


 ガハハハ、と色黒な宿の亭主が豪快に笑

う。

 白髪は混じり始めているものの、宿屋の

経営する傍ら漁師をしているという主人は

ガッチリとした体格をしていて老いを感じ

させないバイタリティに溢れている。

 “最近の若い奴らはビーチバレーって言

うとキャッキャしながらボール遊びするこ

とだと思ってやがる”という一言から最近

の若者に対する愚痴に話題は流れ、俺はす

でに酔っぱらっている亭主の話に適当に相

槌を打つ。

 主に兄貴とクロードが白熱した試合をし

てみせたビーチバレーは、結局のところ体

力とスタミナのあったクロードに軍配が上

がった。

 何事においても涼しい顔をしてこなして

みせる兄貴の敗北はものすごく珍しかった

けど、体を動かすことが好きなクロードと

暇さえあればいずれ受けることになる国家

試験の勉強をしている兄貴とではやはりハ

ンデがありすぎる。

 兄貴は勝負が終わっても表情を崩さなか

ったが、息切れする呼吸を整える合間に人

知れず“体力馬鹿”と独り言を呟くのが聞

こえてしまった。

 悔しがる兄貴なんて家族である俺でさえ

片手で数えるほどしか見たことがないし、

日頃からさんざん負かされている俺として

は少しくらいからかってやりたいという気

もあった。

 それをしなかったのは今夜の安眠を少し

でも確実なものにしたかったからだ。

 そういうわけで部屋はクロード、兄貴、

カイルと選んでいくことになった。

 麗は俺の捻挫に気づくなり試合放棄して

しまい、自動的にカイルが不戦勝で3位確

定したからだ。

 もちろん足を怪我して真っ先に試合が続

行できなくなってしまった俺は問答無用で

最下位だ。

 そして一位だったクロードから泊まりた

い部屋を決めていったんだけど、クロード

と兄貴はお互いをけん制しつつも他の部屋

に行き来しやすい部屋を選び、カイルは兄

貴の隣室を選ぶ事で兄貴が俺と隣同士にな

る可能性を低くしたようだ。

 そうなると残ったのはクロードの隣室の

二部屋で、麗が角部屋を選ばなければ必然

的に俺がクロードと隣室の角部屋というこ

とになってしまう。

 もうそこで麗がどちらの部屋を選ぶかな

んて結果は出ていて、つまり俺の部屋がど

こかも自動的に決まっていたのだ。

 俺の隣室はクロードと兄貴。

 どちらが先に手を出すのか、違いがある

とすればそれくらいじゃないのかとすら思

う。

 今夜は食事とシャワーだけ借りたら野宿

かなぁという考えがふっと頭を掠めた。

 実際に荷物を持ってホテルに来てみて驚

いた。

 南国のリゾートをイメージして作られた

というホテルはホテルのイメージとは違っ

ていたからだ。

 ホテルというより南国にありそうな民家

をイメージして作られた民宿、と言った方

が近いかもしれない。

 藤製の家具、細い枝を幾重にも巻かれた

ようなデザインの照明、緑の濃いエキゾチ

ックな観葉植物…オリエンタルという言葉

のしっくりくる部屋だ。

 国内にいながら外国気分を味わいたいの

なら申し分ない宿なのかもしれないが、俺

にとっては致命的なマイナスポイントがあっ

た。

 南国を意識したのであろう部屋には通気性

をよくする為なのか屋根のすぐ下に部屋の四

方の壁に沿う様にして窓がある。

 本来通気を目的としているだろう窓には当

然のことながらカーテンなどはなく、また高

い位置にある為か鍵もついておらず施錠でき

るわけでもない。

 窓のサイズこそ人が通ろうとするには無理

があるが、それでも隣室の人間が故意にその

窓を開けたなら話し声くらい簡単に筒抜けに

なってしまう。

 その点に気づいてしまった瞬間、俺の中で

今夜の野宿は決定事項になってしまった。

 部屋割りは決まっていたとはいえ、念のた

めの用意をしてきてよかったと心の底から思

ったのは言うまでもない。


「まーあれだ、何はともあれ久々にいい試合

 が見れて気分がいい。

 今夜の酒は俺の奢りだ。

 ニーチャン、ちょっとコップ貸しな」

「え?あっ」


 上機嫌な宿の亭主はすっかり出来上がっ

た顔で、日本酒の一升瓶を抱えて俺のコッ

プに手を伸ばしてくる。

 その手を兄貴の静かな声が遮った。


「ご厚意は大変に嬉しいですが、あいにく

 駆はまだ未成年なので気持ちだけ頂きま

 す」


 隙のない完璧な笑顔を浮かべる兄貴は淀

むことなく一気にそう言いきった。

 その声に、気配に、ピリピリと肌を刺激

するような苛立ちが混じっている。

 ビーチバレーに負けたのがそんなに悔し

いのだろうか?

 …そもそも宿の亭主が喜ぶようなビーチ

バレーをしていたのは俺の両脇に座ってい

る兄貴とクロードで、俺が酒を奢ってもら

うなんて間違っているような気がするのだ

が。


「ちょっとくらいいいじゃねーか。

 悪いことってのは若いうちに経験しとく

 もんだぜ」


 気分に水を差されたのか亭主は口を尖ら

せるが兄貴の有無を言わさぬ空気に気圧さ

れたのか、自分のコップに酒を注ぎ足す。





[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!