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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「“フェロメニアだから”

 そんなふざけた理由で手を出そうとする

 輩に駆は渡しませんよ。

 あの男にも…そして君にもね」

「ふざけるな!

 俺は主のお気に入りに手を出すほど堕ち

 てはいない!」


 あまりにも馬鹿にしたような目で見下ろ

されて我慢ならずに怒鳴ってしまった。

 俺がどんな気持ちであの方の手をとった

のか、何も知らない人間が。

 主君が欲するものを横取りするような輩

であるかのように見下されるのは我慢なら

ない。 

 大切なものを誰にも奪われぬように守り

きるだけの力をもってもいないくせに、ど

うしてこうまで尊大な態度がとれるのか。

 しかし平常心を失っていたと気づいたの

は、瞬きすらもしない冷たい目がじっとこ

ちらを見つめたまま動かなかったからだ。

 言葉以上にその氷のような視線がこちら

の熱を奪い、脳を芯から冷えさせる。


「本当に?

 知っているでしょう、フェロメニアの味

 を」


 それは質問ではなかった。

 あくまでも事実の確認をしているような

口調で、こちらの心を覗こうとしているの

に気づく。

 何が目的なのか。

 フェロメニアの味を、知っていたらなん

だと言うのだ。


「…知っていたとしても、主のお気に入り

 に手を出すような下劣な真似はしない。

 俺を焚きつけて仲間割れでも狙っている

 のかもしれないが、俺如きが離反したと

 ころであの方に害を成すことなど出来ん

 ぞ」


 静かな声で一息に言い切ると、桐生家の

長男はスッと目を細めた。

 思いがけぬ反撃にあって動揺したのか、

それとも別の策に思いを巡らせているのか

は分からない。

 だが、俺の言う事に嘘はない。

 クロード様の手駒が目に見えているもの

だけだと思っているのならあまりにも愚か

だ。

 クロード様が立っておられるのは従者の

一人や二人に離反されたくらいで揺らぐよ

うな脆弱な地盤ではない。

 あの方の力強い歩みが単に家柄の後ろ盾

だけで成し得ているのだと誤解する者は多

いが、とんでもない。

 どれほど近くに置く従者であっても、有

事の際には躊躇なく切り捨てる方だ。

 それは当然、俺自身も例外ではない。

 そういう地盤を築き上げているからこそ

クロード様は常にさらなる高みを目指して

いられるのだ。


「…厄介な」


 耳を澄ましていなければ聞き取れない程

小さな呟きが吐息と共に漏れる。

 何かを考え込むような表情に苛立ちが滲

んでいて、どうやら長男の思い描いた通り

にはいかなかったらしいことが知れた。

 そもそも、誰にも渡さないと言いながら

俺なんて焚きつけてどうするつもりだった

のか。

 この長男の考えることはよく分からない。


「無駄な悪足掻きはやめて、さっさとクロ

 ード様の…ひいてはクラウディウスの庇

 護下に入るように説得するんだな。

 守りきる力を持たぬ者の傍に居ても悲劇

 しか起きない」


 “鳥籠”の中で拷問に近い快楽でむせび

泣く人間を思い出す。

 フェロメニアであることを放棄できず十

分な安全が保障されないのであれば、きっ

とただ死ぬよりも辛い未来が待っている。

 事故や病気で死ねば遺体は遺族の元に戻

るが、フェロメニアとして攫われればそれ

すらもきっと叶わない。


「お断りします。

 あんな愚息の元にやるくらいなら」

「カイルー!兄貴ーっ!

 記念撮影するって!」


 不穏極まりない低い声に能天気な呼び声

が被って途中から立ち消える。

 パーティフロアからこちらに呼びかけ手

を振る駆は、はしゃぐ子供のように目をキ

ラキラとさせていて緊張感の欠片もない。

 途切れた言葉の先を聞きたいような聞き

たくないような何とも言えない気持ちは、

長男の短い嘆息に遮られた。


「僕の弟なら、せめてもう少し聡くてもい

 いでしょうに」


 こめかみに指先をあてる姿は酷い頭痛に

でも悩まされているようだ。

 頭痛の種が笑い事ではないことは寄せら

れる眉間の皺の深さが物語っている。





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