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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 掌の上の小さなキャンディを握りしめる。

 どれほどに甘くとも、手を出してはいけ

ないものもこの世にはあるのだ。

 ただ自分のような欠陥があっても体が受

け付けられる体液をもつ人間もいる、その

可能性を体感させてもらえただけで十分だ。

 あとはただ…一刻も早くクロード様の庇

護下に入ってしまえと思うばかりだ。

 あんなに甘い匂いを振りまきながら生活

していれば、食糧としてしか見ない淫魔に

攫われ性気を吸い尽くされる危険は常に付

きまとっている。

 それくらいならば、能力も経済力も申し

分ないクロード様の庇護下に入ってしまえ

ば外敵的な意味での身の安全はほぼ確実に

保障される。

 クロード様がお許しになれば、多少の自

由も叶うだろう。

 一晩で使い捨てられる“鳥籠”の中の人

間とは、おそらく雲泥の差だ。

 これだけの好条件の、一体何が不満なの

か自分には理解できない。


「…まったく。

 どこまで鳥頭なんですかね、駆は」


 思いがけず近くから小さな呟きが聞こえ

てきて、不覚にも肩が震えた。

 そちらを向くと冷めた長身がパーティフ

ロアを睨んでいた。

 桐生秀、いつの間にこんなに距離を詰め

ていたのか。

 少し考え事をしていたとはいえ、まった

く気配を感じなかった。


「不安か。

 だがお前たちがどれほど抵抗しようとも

 クロード様が欲しいと仰る以上、時間の

 問題だ」


 あの方は欲するものは全て手に入れる。

 それだけの能力と知性と精神力を持って

おられる。

 父上であるマルク様の後釜を狙う兄君達

を横目に見ながら、それよりさらに高みを

目指すほど向上心豊かな方だ。

 フェロメニアと言えど人間1人ごとき、

その気になればいつでも我が物に出来るの

だから。

 しかし桐生秀は事実を言っただけの俺を

鼻で嗤った。

 まるで何も分かっていない可哀相な者を

見るような目で見下ろされて、さすがにザ

ワリと胸がざわめく。


「首輪をつけて鎖で繋いで、それでずっと

 閉じ込めておけるのなら喜んでそうして

 いますよ。

 誰の目にも触れさせず、大事に大事に一

 生飼い殺します。

 それが出来ないから、あなたの主も手を

 こまねいているのではないですか」


 桐生秀のデータとして対人関係に難がな

い一方で家族以外に特別親しい間柄の者が

いないようだという一文を読んだことを思

い出す。

 明確に敵対する相手にはあからさまな態

度に出るから、ということだったのか。

 それとも見下したような目の奥で蠢く排

他的な闇が根本的な原因なのか。

 そのどちらなのか、あるいはどちらでの

ないのか、その判断はまだ下せなかった。

 だが一つだけ確かなことがある。

 クロード様が仰った通り、桐生秀の桐生

駆に対する執着は一般的な兄弟という枠組

みを軽く逸脱してしまっているということ

だ。

 この男は、もし可能ならば実の弟を拘束

して自分だけで独占してしまいたいと、お

そらく本気で考えているのだ。

 夜風とは違う悪寒が肌を撫でたような気

がする。


「…酔狂というレベルでは、ないな」


 思わず漏れてしまった呟きに、桐生秀は

無言で暗い笑みを深めただけだった。

 肯定も否定も、或いは賛同も嘲笑もしな

いその沈黙が覗き込めそうなほど闇は深い

のだと暗に物語る。





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