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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*




 パタン…


 戸の締まる音がして過去の記憶の中から

現実に引き戻される。

 音のした方へ視線を向けると、見覚えの

ある長身がやや疲れたような顔で庭に出て

きた所だった。


「……」


 桐生家の長男、桐生秀。

 三男である麗の駆に対する執着も兄弟と

しての域を軽く超えていていかがなものか

と思うことがあるが、一見誰よりも冷めた

ような顔をしているこの長男の実弟へ向け

る執着も世間一般的な兄弟という枠ではく

くれないものだといつかクロード様が笑い

ながら話してくださった。

 確かに頭のキレは兄弟の中でも随一のよ

うだし、一方でクロード様に軽傷といえど

怪我を負わせた前科があるだけに要注意人

物だという認識はある。

 だがしかし、クロード様が本気になれば

長男が何か手を打つ暇もなく全てを終わら

せられるのだ。

 駆に対する妙な拘りを捨ててさっさと本

国へ連れ帰ってしまえばそれだけで片が付

くのだし、長男など大した障害にはならな

いだろう。

 それを放棄してまで駆の自由意思を尊重

しようというクロード様の甘さは、日頃の

冷徹な仕事ぶりを見慣れている従者として

信じられない。

 だが駆との駆け引きを仕事ではなくプラ

イベートで楽しんでいるのだと考えれば、

一介の従者が口出しすべきことではないの

だが。

 タイを緩めながら歩を進めていた長男は

こちらの視線に気づいたように一瞬動きを

止めた。

 こちらが何か話しかけてくるのを待って

いるような間が空いたが、特にこちらから

話しかけることなどない。

 クロード様がプライベートで楽しんでい

るゲームに横から水を差す気などない。

 クロード様に実害を加えようとするので

なければ、個人的にはこの長男に対しては

どんな感情も抱いていないからだ。

 長男の方もこちらが視線をそらすと特に

こちらを気にかける素振りもなく、白い吐

息を長くゆっくりと吐き出すのみだった。


 と。


 パタン


 吐き出す息は白いというのにまた会場フ

ロアから誰か出てきたのか、とそちらを向

いた。

 夜風の冷たさに肩をすくませ、かじかむ

手に白い吐息を吐き出しているのは見間違

えようもない…


「あ、カイルっ」


 誰かを探すように巡らせていた視線がぶ

つかるや目を輝かせたのは桐生家次男、桐

生駆。

 後ろめたいことなど何もないのに、駆け

寄ってくるその姿を見ると反射的に逃げ出

したくなる。

 この桐生駆という人間に関わると碌な事

にならないのだ。

 しかしクロード様より従者は一人残らず

桐生駆の動向を監視するようにという指示

が出ている。

 当の本人が喜んで寄ってくるのであれば

監視するのには最適な条件だろう。

 これは仕事だ、と逃げ出しそうになる足

を地面に縫い付ける。

 桐生駆の言い分などさっさと切り捨てて

会場フロアへ…クロード様のところへ追い

返してしまえばいいのだ。

 問題なのは、今までずっとそうしようと

してきたのに災いの種がふりかかってくる

よりも早く駆を追い払えた例がないことだ。


「こんなところにいたんだ?

 会場にいなかったから何処にいるんだろ

 うって思ってた」

「お前には関係ない」


 会場に戻れば招待客は全て駆にとって縁

のある人間ばかりだ。

 中には久しぶりの再会となった人物もい

るだろうし、積もる話もあるはずだ。

 わざわざ庭園にまで出てきて話相手を探

すほど不自由するとは思えないのだが何の

用なのか。


「はい、コレ」


 “関係ない”と突き放したはずなのに、

駆はへこたれた様子も傷ついたそぶりもな

く小さな包みと二つ折りにしたカードを差

し出してくる。

 露骨な言動にも近づいてくるなという視

線にも驚くほどに鈍いとしか言いようがな

い。

 もしもこれを嫌がらせでやっているのだ

としたら相当に性格が悪いと思うのだが、

桐生駆という人間は兄弟に呆れられ諭され

るレベルで能天気…もとい何も考えていな

いのだから余計にたちが悪い。





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あきゅろす。
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