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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「…?」


 いつも以上の人で賑わうバスターミナル

の傍を足早に過ぎ去ろうとして違和感を覚

えて立ち止まる。

 見知った顔を見たような気がしてそちら

を向くと大きめのバッグを脇に抱えた駆だ

った。

 自宅から部屋に行くなら、今から乗ろう

としている路線の電車一本で行ける。

 こんな中途半端な場所でどうしてバスを

待っているのだろうか。



「駆?」

「うわっ!?」


 その肩に手をのせて名前を呼ぶ。

 その横顔といい、周囲に漂う甘い香りと

いい、絶対に人違いではないという自信が

あった。

 駆は不自然なほど驚いた様子で、何か良

からぬことを隠しているという直感が脳裏

をかすめた。


「どうしたんですか、こんな所で。

 まさか降りる駅を間違えたなんて言いま

 せんよね?

 先に部屋に行っているように言ったはず

 ですけど」


 口調が少々きつくなってしまったのはそ

の予感のせいで、苦笑いで誤魔化そうとし

た駆が何も言い訳できないことが予感を確

定させた。


「あ、あのさ…全然関係ないんだけど、俺

 って匂う?」


 苦笑いを浮かべたまま言いにくそうに問

われたことでぼんやりとだが何があったの

かを理解し、周囲にザッと視線を走らせる。

 フェロメニアとしての体質が開花した駆

は、基本的にいつでも甘く香っている。

 その香りは駆が欲求不満になったり欲情

したりすることで強くなり、おそらく空に

なるまで精を吸い尽くした時にだけ殆ど香

らないほど香りは弱くなるのだろう。

 だろうというのは、その直前まで放って

いた強烈な香りのせいで部屋中にその香り

が充満してしまっていて判別が出来ないか

らだ。

 しかしその香りに駆自身が気づくことは

ない。

 フェロメニアとしてどれだけ香ろうと、

その香りに気づくのは淫魔だけだろう。

 淫魔としての血を半分引きながら、淫魔

として覚醒しなかった駆の嗅覚がその香り

を察知することは出来ないのだから。

 だとすれば、それを駆に教えた何者かが

いるはずだ。

 駆が声をかけられて震えるような何者か

が。


「…あれですか」

「あれって…?」


 駅のホームの太い柱に半分体を隠すように

して立っている黒服の男。

 悪趣味なピアスをいくつもつけたその男の

赤い双眸がじっとこちらを…駆を見ている。

 本能があれだと告げていた。


「あの黒服の男でしょう?

 悪趣味なピアスをしている」

「えっと…俺には見えないんだけど。

 でも黒い服だったし、ピアスはいっぱい

 つけてた、かな…?」

「その男に何をされたんですか」


 その姿を確認してもいないくせに駆はス

ラスラと視線の先にいる男の特徴を挙げて

いく。

 いくらクリスマスで人が溢れているとは

いえあんな悪趣味な男に似たファッション

の人間がそういるわけはない。

 ということは、駆は確実にあの男を知っ

ているし、何らかの形で関わったのだろう。


「べ、別に何も…。

 ただちょっと…気持ち悪いなぁって」


 睨みながら言外に責めると、駆は取り繕う

ように言い訳をする。

 しかし“何も”と言いながらこちらを直視

できずに視線を泳がせる様子がそれ以上の事

があったのだと語っている。

 だとすれば、とるべき行動は一つだった。





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