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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「ない、けど…」

「そうでしょうね。

 そこに存在していることは知っていても、

 意識することなんてほとんどないでしょ

 う。

 それと同じですよ。

 再びすれ違うのかどうかすらも分からな

 い通行人は、そこにいることは知ってい

 ても意識する必要はありません。

 彼らが何を見て何を感じたとしても、関

 わるのは通り過ぎるその一瞬だけですか

 ら。

 そんなものを気にして、振り回されるな

 んて無駄以外の何物でもないでしょう」


 相変わらず兄貴は俺が悶々と悩んでいる

ことなんてくだらないと簡単に切り捨てる。

 それは時として俺を救ってくれもするが、

時として何よりも深い刃にもなる。

 兄貴は気にするだけ無駄だと言うけど、

それじゃまるで今まで兄貴と比較され続け

てきた俺の痛みも苦しみも全部どうでもい

いというのだろうか。

 通行人だから、大して関わりもしない相

手なのだからと全て切り捨てられるほど俺

は強くはなれない。

 そして同時に、俺のそんな痛みをきっと

兄貴は一生理解できないんだろうとも思う。

 ギリッ…と心の深いところが抉られるよ

うに痛んだ。


「冴えないけれど一番大切な相手から想わ

 れている者と、不特定多数からモテるけ

 れど一番大切相手がよそ見ばかりをして

 いる者とでは、どちらが幸せだと思いま

 すか」


 心の奥が抉られたばかりで痛いのに、兄

貴はまだ言葉を投げてくる。

 まだ自分の痛みだけで手一杯なのにまだ

考えろという兄貴には俺の痛みは本当に理

解できないんだと追い打ちをかけられた。


「それは…前者だと思うけど」


 兄貴の質問に投げやりに答えたけど、俺

を見る兄貴の目がまだ満足する答えを聞い

ていないと無言で続きを促している。

 それどころじゃないのに、と傷ついたと

訴えかける目で見つめ返した。


「…身に覚えがあるでしょう」


 まったく関係のない話をするわけがない

だろうと呆れた声が糸口を与える。

 身に覚え…なんて言われたって。


「そんなの、ない。

 俺はよそ見なんてしてないし、兄貴だっ

 てちゃんと好きって言ってくれないし」


 兄貴から視線をそらして座っている椅子

の端をギュッと掴んだ。

 これ以上兄貴の言葉が容赦なく心を抉り

にくるなら、この部屋にいることがきっと

耐えられなくなってしまう。

 兄貴と一緒に過ごしても勉強漬けになる

んだろうなと思いながらも、少しくらいク

リスマスという特別な日に期待もしていた

気持ちはすっかり萎んで消えかけていた。


「もう、嫌だ。

 なんでクリスマスなのに喧嘩なんかしな

 いといけないんだよ…」


 言葉と一緒に溢れ出しそうになった涙を

ぐっとこらえる。

 特別なプレゼントもサプライズもいらな

い。

 ただ触れ合いたい。

 キスをして、好きだって言ってほしい。

 そんなささやかな願いすら叶わないのか。


「駆がつっかかってくるからでしょう。

 僕にはどうでもいいんですよ、通行人な

 んて。

 そんなどうでもいい通行人のことばかり

 気にして苛立つ暇があるなら、どうして

 もっと別の事を考えないんですか」


 もう嫌だ。

 もう聞きたくない。

 今日でなければ兄貴の言い分にも同意で

きる部分があったかもしれない。

 でも今日はもう冷静になれない。

 今日あったさまざまな事が頭の中でグチ

ャグチャになって収拾がつかないから。





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