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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「ごめんって」

「そんな不満たっぷりな顔で言われても、

 まったく謝罪に聞こえませんよ」

「だって…」


 何かが口をついて出ようとして、けれど

言葉になりきれないまま喉の奥に引っ込む。

 口にしてしまいたい衝動は、口にした後

に襲い来るであろう感情に負けて勢いを失

った。


「“だって”?その先をどうぞ」


 なのに兄貴はその先を促す。

 さっさと本音を言えとその目がいってい

る。


「…兄貴ばっかり、ズルい」


 それでも本音を言えと促されるとその片

鱗が小声で零れ落ちた。


「何が“狡い”んですか。

 僕が好き好んで言い寄られているとで

 も?

 煩わしいことがなければ、わざわざ能力

 を行使する必要だってないんですよ」


 兄貴が反論してくるのを聞きながら、少

しだけ違うと心が否定する。

 “兄貴ばかり”と思う以上に、俺は…。


「兄貴が…俺の知らないところで、言い寄

 られてるのが嫌だ」


 誰かにそういう意味での好意をもたれる

のは、もちろん兄貴のせいじゃないけど。

 二人きりで勉強するのはバイトだからだ

し、兄貴がモテるのは子供の頃から嫌と言

うほど見てきたけれども。


「それに…その人と兄貴がカップルみたい

 に見られるのも嫌だ」


 “あの桐生秀の弟”という目で見られる

のには慣れているつもりだ。

 弟なのに容姿が見劣りするのも、必要以

上の期待をされて無言の内に落胆されるこ

とにも。

 だけどもし兄貴が異性嫌いでなかったら

こういう人と付き合うんだろうなと思える

美人と並んでいて、傍から見てお似合いの

恋人同士のように映るのはダメージが大き

い。

 そこに俺がいるのに入っていけない空気。

 音のない疎外感。

 お似合いの二人を残して空間が切り取ら

れるのだとしたら、切り取られるのは俺の

方だ。

 端から見たらそれは普通なことで、きっ

と3年前までの俺なら難なく同意していた

だろう。

 だけど…。


「ごめん。

 兄貴のせいじゃないのは分かってる」


 俺も兄貴も男で、しかも血を分けた兄弟

で。

 そして兄貴が言うように、なにも好き好

んでモテているわけではない。

 というか、異性嫌いな兄貴にとっては嬉

しくもなんともない…のかもしれない。

 どちらもどうしようもない事。


「…駆は空気が存在することを意識するこ

 とがありますか」

「え…?」


 落ち込んで俯く俺の目の前であからさま

に呆れたような溜息をついた兄貴が変わら

ない調子で俺に話題を振ってくる。

 突然の話題変更についていけない俺は、

兄貴の言いたいことが理解できずにチラリ

と視線を上げた。


「空気ですよ。

 窒素でも酸素でも水素でも…なんでもい

 いですけど。

 今も僕らの周りに存在しているでしょう。

 そこに空気があることを意識することが

 あるのかと訊いてるんです」


 パタン、と読みかけの本を閉じる。

 分厚いその本に向けられていた視線が、

ようやく目線を上げた俺と交わる。





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