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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 わざとゆっくりと時間をかけてコーヒー

を淹れて戻る頃には、俺が戻ってきたこと

にも気づかないくらい兄貴は本の内容に集

中していた。

 その横顔は本当に宣言通りにストレート

合格するんじゃないかと頼もしくもあり、

勉強の邪魔をしちゃいけないと近寄りがた

くもあった。

 兄貴の視界の隅にそっと兄貴のマグカッ

プを置き、俺は自分用に作ってきた甘いカ

フェオレに息を吹きかける。

 立ち上る湯気がほんのりと暖かく揺れ、

俺は兄貴が顔を上げるまでじっくりその横

顔を眺めることにした。


「何ですか、不躾にジロジロと。

 僕の顔を見ている暇があるなら一問でも

 多く問題を解きなさい」

「……」


 兄貴は本から顔も上げずに言い放つ。

 集中しているフリをして一体いつから気

づいていたのか。

 カッコイイから見てた…なんて絶対に言

ってやらない。悔しいから。

 兄貴の命令を無視してようやく少し冷め

てきたカフェオレに息を吹きかけてちょっ

とすする。

 熱いけれどやはり美味しい。


「何だったんだよ、さっきの」

「質問の意図が分かるように質問しなさい。

 小学生ですか」


 打って響く様なタイミングで嫌味が返っ

てくるあたり、兄貴もさほど目の前の本に

集中しているというわけでもなさそうだ。


「さっき…駅前で会った女の人のことだよ。

 バイト先の生徒?」

「えぇ。いつもお世話になってますよ。

 色々と、ね」


 ム…

 わざとらしく含めるような言い方をする

のが気に入らない。

 いつもの意地悪なのか、それとも俺が気

にするような何かがあるのか、胸が嫌な感

じにざわめく。


「色々ってなんだよ…」

「おや、妬いてるんですか?」


 ようやく顔を上げた兄貴の顔はやっぱり

意地の悪い笑みがこぼれていて、思わずテ

ーブルの下の兄貴の足をベシッと蹴った。

 物理に訴えるのはよくないと思うけど、

時として物理よりよほどダメージのある精

神攻撃を意図的にされる身としては口で言

い返せない分そちらにエネルギーが変換さ

れるのは致し方ないと思う。

 というか足で軽く小突くくらい、兄貴に

比べれば可愛いもんだと思う。


「駆が心配するようなことは何もありませ

 んよ。

 家庭教師というのは実際の時給とは別に

 生徒の家庭から個人的な謝礼をもらうケ

 ースが多いんですよ。

 人によるかもしれませんが、少なくとも

 僕は常識の範囲内であれば断りません。

 その分だけ責任を持って結果を出します

 から。

 だから別れ際に言ったでしょう?

 “お母さんによろしく”と」


 小突いたのを言い返せない俺の肯定とと

って満足したのか、兄貴はあっさりと教え

てくれた。

 こんなにあっさり教えてくれるなら最初

から素直に喋ってくれればいいのに、本当

に捻くれていると思う。


「でも…渡す側は期待してるんじゃない

 の?

 特別待遇とか、そういうの」

「もう一度言いますよ。

 僕は貰った分は結果で返します。

 それはそれに対する謝礼です。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 それにあの家だけが個人的な謝礼を払っ

 ているわけではありません。

 家庭教師をわざわざ雇う家であれば、我

 が子をより高いランクの学校にいれたい

 というのは親心です。

 その為に家庭教師を雇っているんですか

 ら、自分の家だけが謝礼を払っていると

 はどの家庭も思っていませんよ」


 家庭教師の時給のバイトはただでさえ他

のバイトより高いというのに、それ以外に

も個別に謝礼をもらえる場合があるのか。

 だとすれば兄貴が割のいいバイトだと言

い切る理由も分かる気がする。





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