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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「はぁっ、はぁっ」


 もう迷うことはないのだからと、とにか

く走った。

 足音に耳を澄ます必要も、足音を立てな

いようにする必要もない。

 この高い塀を越えて外に出てしまえばな

んとかなる…はずだ。


 門でも穴でも何でもかんでもいいっ。

 出口、出口はどこだ!?


 いくら夜目に慣れてきたとはいえ、走る

のに夢中になっていたら何かに足をとられ

た。


「わっ!?」


 躓いてバランスを崩し、地面に転がる。

 強か膝を打って顔をしかめて振り返ると、

自分が何に躓いたのか分かった。


「もうッ急いでんの、に…、?」


 薄汚れた欠けた白い球体の窪みが俺を直

視しているのに気づいて言葉を失なった。

 随分古びているけれど、並んでいる墓石

の住人だろうか?

 それともここまで逃げ出してきて、結局

逃げ切れなかったかつての被害者だろうか?

 どちらにしてもゾッとしない。

 とりあえず蹴飛ばしてゴメンなさいと両手

を合わせていたら、すぐ近くの繁みがガサガ

サと動いた。


「…!?」


 もう追いついてきたのか、と体が硬くなっ

たけれども姿を現したのは木こりの格好をし

た誠一郎だった。

 身構えていた体から力が抜ける。

 良かった。

 あの部屋に集まっていた面子の中で一番ま

ともそうだった誠一郎に似た化け物なら、化

け物と言えど悪いようにはしないんじゃない

か。

 いや、なまじっか見間違えるほど知り合い

に面差しが似ているだけにその補正もあるだ

ろう。


「あ、あのさ誠一ろ…」


 名前を呼び掛けて固まった。

 俺が見ている前でまるでコマを早送りにし

たような素早い動きで目の前に来られたら、

そりゃ言葉も失うだろう。

 しかもその誠一郎に似た化け物が、しきり

に俺の首筋に鼻を寄せてクンクンと鼻を鳴ら

していたら。

 …あぁ、そうか。

 誠一郎も樹も、“あの場”にいたのだ。

 全員が俺を獲物と認識した、あの場に。

 外見で判断してしまったものの、まとも

な訳がなかった。

 現に俺の首筋を嗅ぎながら、隠れていた

黒髪の間から茶色い耳が覗いている。

 闇の中で揺れているのは…たぶん尻尾だ

ろう。

 このままここで誠一郎に似た化け物に食

われるのか。

 クロードや兄貴に似てるアイツらのほう

がよほどマシ、だった気がする。

 精神的に。


「んッ…」


 不意になんの遠慮もなく匂いを嗅いでい

た首筋を舐められた。

 まだ焼かれたような痛みが残るその場所

を舐められて、痛みで肩が震える。

 獲物の印と言っていたけれど、舐めて効

力が切れるものなんだろうか?

 まさか犬猫が傷口を舐めて治癒するよう

に舐めて癒そうと…はしてないと思うけれ

ど。


「おやおや…いい格好だね、ニンゲン。

 彼らの手を逃れて命からがら逃げてきた

 のに、こんなところで狼男と遊んでいて

 いいのかい?」


 視界の隅の闇からゆったりとした足取り

で現れたのは、姿を確認するまでもない。

 何の液体が入っているのかわからないが

色とりどりの試験管を指の間に挟んでいた

白衣姿の樹だろう。

 憎らしいほど樹に似たスマイルを浮かべ

て試験管を揺らす姿は、状況が状況でなけ

れば見間違えるほどにそっくりだ。

 …とりあえず誠一郎は狼じゃなくて犬耳

やしっぽをつけたようにしか見えないけれ

ども。





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あきゅろす。
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