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悪魔も喘ぐ夜
*


「あれ?さっき来ていた友達は?」

「もう帰ったよ」

「あれは友達なんかではありません。

 誘拐魔です」


 きょろきょろと父さんが探していたのは

クロードだろうか。

 今しがた帰ったと俺が答えたのに、兄貴

が棘のある言葉で訂正する。

 それを聞いた父さんが困ったように苦笑

いを浮かべたけど、ふと腕時計を見て顔色

を変えた。


「あれ、もうこんな時間っ!?

 どうしよう、会社…!」


 俄かに慌てだした父さんにそれ以上の説

明をしている暇はないらしい。

 そもそも父さんが慌てる時間になっている

ということは、俺達の学校ももう間に合うか

どうかという時間になっているだろう。

 俺はダイニングの椅子に鞄を取りに行った

であろう父さんを咄嗟に追いかけた。


「父さん、悪いんだけど欠席の連絡しておい

 てくれないかな。

 兄貴、ちょっとお腹痛いみたいで」


 うちの高校は欠席や遅刻の連絡は保護者

からと決まっている。

 父さんが急いでいるのは分かるけど、父

さんから連絡してもらえないと無断欠席の

扱いになってしまう。

 今年3年生の兄貴の内申書の為にも頼ん

でおかないと。

 ホテルの時は無理して登校した兄貴だけ

ど、今日ばかりは絶対に安静にさせないと

ダメだ。


「うん。秀と、それから麗もかな?」


 椅子にのせていた鞄を掴みながら父さん

がリビングを見て苦笑いする。

 そう言えばあんなに俺にしがみついて止

めていた麗が顔を出さないと思ったら、麗

はリビングの床で寝息を立てていた。

 なんでこんな所で…と驚く俺に、父さん

が“二人の看病、頼んだよ”と肩を叩いて

玄関に向かった。




 コンコン


「どうぞ」


 兄貴の返事を待って、兄貴の部屋のドア

を開く。

 パジャマ姿の兄貴は最初こそ欠席はしな

いと頑なだったけれど、肩を貸さなければ

歩けもしない体で登校なんて無理だと俺が

説得してようやく制服からパジャマ姿に着

替えてくれた。

 欠席の件は納得してくれたものの、大人

しくベッドで休む気はないのか俺が昼食に

お粥を作っている間も小難しい本を読んで

いたようだった。


「足りなかったら言って。

 まだ残ってるから」

「はい」


 麗を一人で抱えて階段を上ることは出来

なかったので、今はリビングのソファに寝

かせている。

 そしてその麗も起きたらお腹が空いてい

るだろうと思ってちょっと多めにお粥を作

ったから、兄貴が食べて足りないと思って

も大丈夫だ。


「…なんです?」

「いや、兄貴が食べ終わったら皿持ってい

 くから」


 本を閉じて脇に置き、俺が運んできたお

粥を受け取って一口口に運ぼうとしたとこ

ろで兄貴が俺の視線に気づいて顔を上げた。

 じっと見られたままでは食べづらいだろ

うし俺もそうするつもりはなかったのだが、

いつの間にかそうなってしまっていたらし

い。

 兄貴の口内に粥が運ばれるのを待ちなが

ら、何だか無言でいることにもそわそわし

てしまう。

 今朝まであんなに兄貴が怖かったのに、

それが嘘みたいにいつも通りに接すること

が出来ているのに俺自身がビックリしてい

るのだ。

 あの夜の兄貴はあんなに恐ろしかったけ

れど、弱っていたら怖さが和らぐんだろう

か。


「あのさ、さっきの何だったんだろう。

 あの半透明な男の人」

「知りません。

 父さんが知っているなら今夜聞けば教え

 てくれるでしょうし、それで分からなけ

 れば母さんが帰ってきた時に聞いてみる

 しかないでしょう」

「うん…」


 何となく話題を探して問いかけてみたけ

ど、俺自身もあれが誰だったのかどうして

現れたのか分かっていない。

 分かっているのは、もしかしたら母さん

がお守りにと俺に預けてくれた指輪に何か

秘密があるのかもしれないっていうこと。

 そういえば、カラオケルームでクロード

が指輪に触れようとして怪我をしたことを

思い出す。

 その時に確か“この指輪は護身用じゃな

い”とか言っていたような気がするのだが

…。


「それからさ、麗のあれ…ちょっとおかし

 くないか?

 眠いって言っても限度があると思うんだ。

 夜はもう9時には布団に入ってそのまま

 朝までぐっすりなのに、階段とかリビン

 グの床とかそんな場所でまで寝ちゃうな

 んて。

 眠り病?みたいなのだったりしないのか

 な…」

「精密検査を受ければハッキリするのかも

 しれませんが、麗も人間と淫魔のハーフ

 ですからね。

 淫魔由来の症状だとしたら、病院に連れ

 て行ったところで原因は判明しないかも

 しれませんよ」


 兄貴にそう言われると確かにそうかもし

れないとも思う。

 むしろ下手に病院へ連れていって精密検

査を受け、人間がもたないはずの…淫魔由

来の因子が見つかりでもしたら大変なこと

になるかも…。


「……」

「……」


 当たり障りのない話題が尽きて沈黙がや

ってくる。

 兄貴は粥を黙って口に運び続ける。

 食べてるのだから当たり前なんだけれど

も。

 一方で俺はずっと言いたいことをどうや

って切り出そうか、ずっと腹の中で言葉を

ぐるぐるとさせていた。

 兄貴が一度反対したことに対して意見を

変えることがあるとしたら、それは兄貴が

納得するだけ状況が変わった場合だ。

 クロードはきっと今頃空港へ向かってい

るだろう。

 兄貴にとって目に見える明確な危険因子が

遠ざかった、とも言えるだろう。

 そして家族以外で淫魔の血を引く者がいな

くなった今なら、もしかしたら気が変わった

りしないだろうか。


「あの、さ…。

 もう学校行ってもいいだろ?

 今日は休むけど、もう期末試験直前だし

 出席日数も気になるから」

「しつこいですよ」

「なんでっ?

 クロードはイギリスに帰ったし、父さ

 んだって登校していいって言ってるの

 に…!」


 兄貴だって少しくらい考えを軟化させ

てくれているかも、と期待していた。

 けれどそんなことは最初から頭の片隅

にもないみたいな返事が返ってきて思わ

ず身を乗り出してしまった。


「クラウディウス家の愚息は必ずまた日

 本に来ます。

 今度こそ駆を攫う為に。

 それが1年後なのか3日後かはわかり

 ませんが。

 今朝は引き下がりましたが、次に会っ

 た時にもそうとは限りません。

 …そもそも“あんなこと”にならなけ

 れば、愚息に言われるまま空港までつ

 いていったでしょう?

 空港まで連れて行かれて、そのままイ

 ギリスへ攫われた可能性はいやという

 ほどにあったんですよ」

「っ!それ、は…」


 シャープなレンズの向こうから冷えた目

で心を見透かされて思わす口ごもる。

 クロードだってちゃんと約束していれば

帰してくれたはずだとか反論したかった。

 でも“はずだ”なんて言葉では兄貴は納

得してくれないだろうと呑み込んだ俺に兄

貴は言葉の先を続けてきた。 



「愚息がいなかったとしても通学路や遊び

 に出かけた先で淫魔に出会う確率はゼロ

 ではないんですよ。

 駆は家で大人しくしていなさい」


 兄貴が言うことは全部事実なのかもしれ

ない。

 母さんでさえ、もし俺が純血の人間でフ

ェロメニアの体質が表れたら外出はさせて

あげられなかったと言っていたけれど。

 だけど、だけど…。





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あきゅろす。
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