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悪魔も喘ぐ夜
*


「お前はどれほど夢渡りをしていても、夢

 魔の能力を半分も使いはしなかった。

 だから知らなかったんだろう。

 けれども与える快楽が深ければ深いほど

 夢魔は夢の主の生気を吸い取ってしまう。

 加減を知らずに吸ってしまえば、夢の主

 は眠ったままでも死んでしまうんだよ」


 その麗の向こうにゆっくりと近づいてき

たのは、黒いフード。

 いつか見た、あのしゃがれた占い師だ。

 夢魔、夢渡り…聞き慣れない単語が耳を

撫でるけれどそれを理解しようとできるほ

ど集中力がもたない。


「じゃあ…どうしたらいいの?

 どうしたらぼくはお兄ちゃんを守れる

 の?」

「さぁ、それは誰にも解らないさ。

 夢もカードも不確定の未来を示すだけ。

 実際に現実の世界で様々な人間の思惑が

 入り乱れた結果がどう出るのかは、その

 時がきてみなければ誰にも解らぬのよ」

「それじゃダメなんだよっ。

 ぼくが、ぼくがお兄ちゃんを守りたいん

 だっ!」


 麗が横たわったままの俺の手をギュッと

握り締めながら老婆に向かって叫ぶ。

 それは強い芯のある悲鳴のようだった。


「やれやれ…。

 手段を選ばぬと言うのであれば外道の道

 もあるさね。

 だがそれは修羅の道。

 進み始めてしまえば戻ることさえ叶わぬ

 よ。

 死ぬまでその苦しみに耐える覚悟がお前

 にあるのかい?」


 黒いフードの奥で老いを知らぬ双眸が麗

を直視する。

 麗はそれをひるむことなく見返した。


「ぼくにとってお兄ちゃんを失うことに勝

 る地獄はないよ」


 重い沈黙が横たわった。

 長いようでいて短い間の後で、老婆は諦

めたように首を横に振った。


「やれやれ…本当に困った子だ。

 夢魔が夢の主に悪意を向けることなどあ

 ってはならないというのに…」

「ぼくは夢魔だけど夢魔じゃない。

 人でもあり、淫魔でもある。

 だから守りたいものの為に自分ができる

 ことがあるなら、手段は厭わないよ」

「ふむ…つくづく因果な巡り合わせだ。

 人と淫魔の混血というだけでも珍しいの

 に、次男にはフェロメニアの体質が、三

 男には夢魔としての能力が備わるなんて

 ねぇ…」


 しみじみと呟く声は何かを考え込んでい

るようでもあり、だがやがて諦めたように

方を落とした。


「私ももう永いこと生きた。

 気の遠くなるほどの永い時をな。

 100年も生きぬ身の上で外道の法を独

 りで学ぶことには限界がある。

 またその相手もゆっくり待ってはくれな

 いだろうしね。

 お前が望むなら、息絶える前に数百年か

 けて得た私の知識をお前に授けよう。

 受けるかい?」

「うん」


 麗の返事に淀みはなかった。

 だけど、よくわからないけれど胸がざわ

つく。

 止めなければいけないと思うのに、どう

やって止めればいいのかわからない。

 そうしている間に意識がふっと軽くなっ

ていく。

 もうすぐ目覚めるのか…そう思った時に

はもう手を掴んでいた麗の手の感触が無く

なっていた。





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あきゅろす。
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