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悪魔も喘ぐ夜
*


「あぁ、もう夜が明けそうね。

 帰国するまでは駆の傍にはいてあげられ

 ないけど、マルクの息子には充分注意し

 てね。

 決して気を許さないこと。

 なるべく早く帰ってくるつもりではいる

 けれど…」


 母さんはそう言って立ち上がってテーブ

ルの向こう側から回り込んできた。


「これを、持ってて。

 母さんのお母さん…駆のお祖母ちゃんが

 だいぶ昔にお守りにと持たせてくれたも

 のよ」


 そう言いながら母さんは右手の指輪を外

して、俺の手に握らせてきた。

 銀細工の美しいアンティークものの指輪

だ。


「えっ、でもこれ…」


 俺の手ごと握られて戸惑う。

 母さんが大事な物だからといつでも肌身

離さなかった指輪だ。

 少なくとも俺は母さんがこの指輪を外し

たところなんて見たことがない。

 それなのに何故…と母さんを見たら、ふ

んわり微笑まれた。


「もう母さんは今までずっと守ってもらっ

 たから。

 今度は駆を守ってほしいのよ」

「で、でもっ…」


 幼い頃はそっくりだと言われた兄貴や天

使のお人形のようだと持て囃された麗とは

違う。

 俺はむしろ父さんにそっくりな日本人顔

で、父さんは好きだけど母さんからの遺伝

が微塵も感じられない容姿がコンプレック

スだった。

 淫魔としての能力だって兄貴や麗のほう

が上だろう。

 なのに、なんでこの指輪を受け取るのが

俺なんだ。

 母さんの家系で受け継がれたものなら、

兄貴かもしくは麗が継いで然るべきものの

はずなのに。

 返そうと指輪を握る手を開いた俺の手か

ら指輪を摘んだ母さんは、そのまま俺の右

手の中指に指輪を通してしまった。


「持っていて。ね?

 あなたは私の大事な息子なんだから」


 母さんとは指のサイズが違うはずなの

に、銀の指輪はすんなりと中指の付け根ま

でするするとおりていく。
 
 無事に俺の指に収まると、まるで最初か

らそこにあったのが当然のようにしっくり

指に馴染んだ。

 心なしかトクンと誰かの心音が聞こえた

ような気がしたが、部屋全体が地面の方か

らゆっくりと光に包まれていく。


「母さん、もう限界だよ。

 お兄ちゃんが目を覚ましちゃう」


 いつの間にか俺から手を離した麗の手が

母さんの手を掴んでいた。

 全てが白い光に呑まれようとした直前に

2人の姿は砂が零れるように消え失せた。





[*前]

あきゅろす。
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