05
『忍足先輩の家ってこっちなんですか?』
「それ、」
返ってきたのは質問の答えではなくて。
それだけでは意味を持たない短過ぎる言葉。
『はい?』
「忍足先輩ってめっちゃ他人行儀やん」
眉をひそめてそう言う先輩の言葉に、あぁ確かにそうだな、なんて妙に納得した。
『…確かに』
「名前でえぇで」
『じゃあ、侑士先輩』
「なんや?」
嬉しそうにふわりと微笑む先輩の笑顔が俺に向けらた刹那、どきりと胸が高鳴る。
それと同時に、身体中の熱が頬に集中していくのが自分でもよくわかった。
『え?いや…あ、さっきの質問の答えは?』
「あぁ、家か?」
『そうです』
「ちょうど曲がるとこやな。漣は?」
道がふたつに別れる道路で立ち止まり、ひとつの曲がり角を指差してそう言った。
『まっすぐですね』
「なんや、そうなん?」
『えぇ、じゃあここでばいばいですね』
「家まで送るか?」
先輩の優しさが、俺の心にぽっかりと入り込んで暖かい気持ちなる。
嬉しさに目を細めて返事をした。
『いえ、いいですよ』
「…そうか?」
『はい』
本当はもっと一緒にいたいけど、先輩に迷惑とか負担とかかけるわけにはいかないから。
『じゃあ、また明日』
わがままな欲望を押し殺して、笑顔でさよなら。
そして、そのまま歩きだそうとした刹那、
「漣、」
名前を呼ばれて振り向けば、すぐそこに先輩の端整な顔。
『…っ!』
唇に暖かい感触、
驚いて瞬間的に目を閉じる。
何が起こったのかはしばらく理解できず、恐る恐る目を開けば、
「顔、真っ赤やで」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言う侑士先輩の顔が、これまた触れそうなくらいの距離にある。
『な…っ』
再び戻ってくる羞恥に、どうしていいかわからずその場に立ち尽くす。
と、不意に先輩が口を開いた。
「ほなな、気をつけて帰りや」
笑顔でそう言い残し、目の前の曲がり角に沿って歩きだす先輩の背中に『さよーなら、』と小さく投げ掛ければ、こちらを振り返らずに俺に向けてひらひらと手を振った。
始まりの音
(どうしよう、俺、すごい幸せ)
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