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05





結局のところ、あの胡散臭い笑顔のままで部長以外の全てのレギュラー陣との挨拶を終えてしまった。あぁ、そういえば仁王くんともしていないような気がする。がしかし、それは小さな問題でしかない。
今の俺の現状の方がよっぽど大きくて尚且つ重大な問題だ。




「なぁ、せっかくだから俺の天才的妙技たっぷり見ていけよ」

「そうだぜ。せっかくだし見学していけよ」

『しかし…』


俺を中心にして右に丸井さん、左に切原くん。うわぁ、両手に花ってこのことかぁ、なんて呑気なことを考えている余裕は毛ほどもない。
どうしてくれようか、この状況を。テニス部を見学していくことになるなんて予想だにもしなかったし、断っても諦めないだなんてもっと予想だにもしなかった。
頭の中ではうまく回らない思考で必死に解決策を練っているが、膨大な焦燥からかこれがなかなか何も思いつかなくて。
そうこうしているうちに、俺をさらに絶望の淵へと追いやる一言がどこからか流れてくる。



「うん、いいんじゃないかな」


不意に割り込んできたその絶望的な言葉に、一瞬心臓が動かなくなる錯覚を見た。
数秒遅れて後ろを振り返ると、その声に違わない絶世の美人が惜し気もない笑顔を振りまいてそこに立っていた。無論男、だが美人という言葉がよく似合うと俺は思う。
しかしその優しげな雰囲気とは裏腹に威厳と厳格も持ちあわせており高貴なイメージだ、というのがこの人に対する第一印象。




「あぁ、驚かせてしまったかな。俺は部長の幸村精市。飛鳥方くんだよね?」

『あ、はい。そうです。よろしくお願いします』

「うん、よろしく」


そう言ってすっと差し伸べられた手を握る。この人はいちいちの所作さえもが美しい、けどその反面俺としてはかなり関わりたくない人物であるとも言えた。
そしていかにもスポーツをしないような雰囲気のこの人が部長なのかと、人は見かけによらないものだと理解はしていたが、俺にとってその衝撃はかなり大きなものだったと言える。




「ところで…、そこのふたりも言っていたけど見学していったらどうかな?」

『いいんですか?俺なんかが…』


本心としては全力でお断りしたいところだが、この部長にこんなことを言われては断れるはずもない。というか、断ったら余計に目立つと思うっていうのと人に頼まれるとなかなか断れない俺の性格が一番大きな理由なのだけど。




「かまわないよ、ふたりにもいい刺激になるんじゃないかな」

「そうだぜぃ、見てけよ」

『…では、少しだけ』


本当に、今日で何度目の自己嫌悪だろうか。何度自分を呪えば気が済むのか。何故自分は男らしさの欠片もないのだろうか。何かを考え出せばこのような疑問ばかり浮かぶ自分にまた嫌気がさす。
よし、今日から俺は変わろう。今日からこんなお人好しな自分は捨てて新たな自分になってやる。
なんて何度思っただろうか。自分の性格を根本から変えることがいかに難しいか、もう身に染みてわかっている。
けど今はこの高校生活の中で何か一歩でも踏み出せたら、と淡い期待を抱いているのも事実。仁王くんがいれば、ほんの些細な何かでも踏み出せるような気がしていた。




「こっち」


幸村さんの短い言葉で深い思考の底からふと我に返る。
気がついてみれば、そこはテニスコートの中で。俺が考え込んでいるうちにここまで来てしまっていたらしい。
しかし、その辺りの女子と同じようにテニスコートの外から見学するものだとばかり思っていた。だってただの帰宅部で入部希望でさえない俺がこんなに本格的に見学だなんて可笑しいよね。



『本当に中まで入ってしまってもいいんですか?』

「うん、もちろんだよ」


確認の意味を込めて口を開けば笑顔でうなずく幸村さん。
まぁ、今さら引き返せるはずもないしここまできたら開き直るしかない。そうそうないチャンスだししっかり見学しよう。それに俺、テニス観戦とか大好きだし。




「ここ、座っていいよ」

『ありがとうございます』


言われた通りのベンチにゆっくりと腰を下ろして、練習に向かうレギュラー陣の後ろ姿を眺める。
これから全国的に有名な常勝立海、王者立海の練習風景が見られるのかと思うとひどくわくわくする。それにプラスして仁王くんのテニスも見られるんだなぁと思うとさらに自分でも驚くほど気持ちが高揚した。








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あきゅろす。
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