Fate/Einsamer Schnee

02







聖杯戦争。
それは、命をかけた殺し合い。
最後まで戦い生き残った者には。
願いを叶える願望器を授けよう。

さあ、開幕の音を鳴らせ。
私は生き残ったんだろう?










常闇に浮かび上がる二つの光、それは歪な下弦の月。
それがなにを意味するかなんてすぐ考えれば判る筈だった。



辺りの空気を包むじっとりとした殺気。
殺気は空気を伝わり、肌を奮い立たせる。

戦慄はやや遅れて襲ってくる。
まずい、と思った時には、ソレは既に仕掛けてきていた。
肩口を鋭い刃物が斬りつける。衛宮くんが何やら叫んだ。

だけど、私はそれが聞こえない。
なにかとっても大きな音が、彼の声を聞こえなくさせている。
太鼓の音の様な、落雷の音の様な、何か鈍くて大きな音が耳元で鳴り響く。


急に身体が寒くて熱い、そんな変な感覚がして、思わず自身を抱き締める。
すると、何故かぬめっとした液体の感触があった。
なんだろうと思い、指を見てみると、そこには真っ赤な血が大量に付着している。


「……………………あ、れ」


衛宮くんが私に駆け寄り、何故か倒れそうになっていた私を抱きとめた。
あれ。何だか視界が悪い……衛宮くんの顔が見えなっ、痛い。……痛い? 痛いってなんでだ、痛いってなにがだ?


「────────。」


衛宮くんがなにか言ってる気配がする、けどそれは私には伝わらないでいる。
すぐ近くにあるであろう衛宮くんの顔がぼやけて見えない。
首の辺りからドクンドクンって変な音がする。そっと触れてみると首がぱっくり裂けていた。

「………………………ぇ」


一瞬、なにがなんだか理解出来なかった。
でも、私だって伊達に聖杯戦争を戦い抜いてない、光の速さで状況を認識することだって出来る。


つまり、事の顛末はこうだ。


私は首が裂けていて、そこから大量の血液が溢れ出ていて、そしてソレが溢れ出る音が周りの喧騒を掻き消している。
考えてみれば至極当然である。恐らく首元にある大事な血管を切りつけられたのだろう。
それによる被害、大量出血の所為で貧血を起こし、目が霞んでいる訳か、なんだそうか……って冷静に推理してる場合じゃ……!! っマズ、い……目が、霞む……頭はこんなに冴えてるのに、不思議だ。
出血から伴う貧血の所為で、私の意識は泥濘に沈む様にゆっくりと、千々に途切れていく。

────私が最後に見た映像は、顔面蒼白の、今にも泣き出しそうな衛宮くんの顔。










◇ ◇ ◇








白く細い首を鮮血に染め、眠る様に瞼を閉ざす少女────藤嵜刹梛。
彼女の首はなにか鋭利な刃物で引き裂かれたかの様に大きく裂けている。

その刹梛のキズを手の平で押さえ、悲痛な面持ちで叫ぶ少年────衛宮士郎。
患部を押さえる手の平からは、強烈鮮烈な緋が溢れている。
それは止まる事を知らず、いつまでも士郎の手を緋色に染めてあげていく。
少年と少女が座するその場には、夥しい量の“赤”が今尚広がり続けている。

「刹梛、おいしっかりしろ、刹梛!?」

腕の中に眠る刹梛の顔色がどんどん青くなり、血が止まらないのを見て、士郎は少なからず気が動転していた。
目の前の少女が目に見えて弱っていく様を、ただ黙って見ている事しか出来ない自分が歯痒い。
士郎は知らず、唇を噛んでいた。
自らの無力さを心底呪い、思い知った。


然し、はたしてそうなのか。
彼は、本当に無力なのか。


その答えは断じて否である。
何故なら士郎も刹梛同様、魔術師なのだ。
然しながら、士郎の魔術の腕は半人前、簡単な治癒魔術も使えない。
彼が使える唯一の魔術は『強化魔術』、物体に魔力を通し“その価値を高める”、その名の通り強化する魔術。
魔力を通した物体の“その存在価値を高める”魔術。故に強化魔術と呼ばれる。

そういう意味では、彼はやはり無力でしかない。

ならば彼に出来る事なんてない筈だ。少女が弱りゆく様をただ見つめるだけしか出来ない筈である。


「…………お前を死なすなんてそんな事は、させない────強化開始トレース・オン…………!!」


今にも涙しそうだった琥珀色の双眸に灯を点け、少年は自らを奮い立たせる言の葉を紡いだ。

なにも出来ない筈の少年が、なにかをしようとする。
事情を知らない人間からすれば、それはとても愚行に見えたかもしれない。けど実際はその逆で。
この少年だからこそ成し得る奇蹟の他ならない。

少女の首に当て行う少年の手の平に、じんわり灯るアカい光。
彼の使える魔術は強化、治癒など出来ない、そんな彼が不思議な事をしている。
然し不思議な事に、彼が触れた傷口がみるみるうちに塞がっていくではないか。
士郎は治癒など出来ない。ならば何故刹梛の傷が塞がるのか?

その問の答は簡単である。

士郎は刹梛の血液を『強化』したのだ。
正確に言うなら、血小板を強化し傷口を塞いだだけである。

少女が気を失ってから強化を施すまで凡そ二秒フラット。
幸い、傷口は動脈を外れていたらしく、素人目に見ても大丈夫だと分かるぐらいには傷は塞がれた。

少年はホッと息を吐く。良かった、刹梛が無事で良かった。
然し油断は出来ない、危険なのは未だ変わらず、容体としては先程と大差ない。
ただ出血しているかいないかの違いしかない、失った大量の血液の分、身体中に血液を送る量が減り、現に今貧血からくるチアノーゼが現れている。

紫色に変色した唇は、見ていて壮絶なまでの死の匂いを漂わせる。

「しっかりしろ、刹梛…っ!
頼む……頼む、から、目を開けてくれ………!!」

士郎は冷たくなる刹梛の体を力一杯抱き締める。
僅かな温もりとその呼吸だけが、刹梛が生きている証しとなる。

体が冷えていては助かるものも助からない、どこか暖かい所へ行って体を温めなければ、と思い立ち士郎は刹梛を横抱きに抱え上げ、そのまま闇雲に走り出した。
とにかく、この深い森を抜ければ民家がある筈だ。僅かな希望を胸に、重くなる一方の刹梛の体を抱え、士郎は地を駆けた。






◇ ◇ ◇





────深い。
この森は予想以上に深い森であった。
走っても走っても走っても走っても走っても、ついぞ森を抜け出す事は叶わなかった。


「刹梛…………!!」

抱き締める彼女の体は刻一刻と冷たくなる、強烈な死の影は依然、彼女に付きまとう。
払おうにも追い払う事さえ叶わない。彼に出来る事はない。
弱りゆく刹梛を抱きかかえる事しか出来ない。
そして士郎もまた、体力に限界が見え始めていた。
無理もない。気を失った人間を抱えながら足下が不安定な森を、ただ闇雲に走り続けていたのだ。

然し。人生とは往々にして進まないものである。
存外不幸という概念はそうそうには重ならないのだ、絶望が濃ければ濃い程、希望は強く光る。

士郎の体力が最早限界に近付いた時、その光りは現れた。

士郎の目線、前方凡そ百メートル余り。淡く光る橙色がチラチラと光っていた。


「光り……っ」


恐らく民家の灯りであろうその光りは、一時は最悪の事態さえ覚悟した士郎の心に、文字通り希望ヒカリを与える。
士郎の昏く陰っていた顔に色味が戻り始める。
────良かった。これで刹梛が助かるかもしれない。
士郎は最後の力を振り絞り、その光りに向かい走った。









◇ ◇ ◇




光りの元へ辿り着いてみれば、それは小さな小屋であった。
その小屋の外観は、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるくらい、寂れていた。
然し灯りが灯っているという事実の前にはそんな事は如何でも良い瑣末事であった。
小屋の玄関前に漸く辿り着くと士郎は渾身の思いで扉を叩き、そして叫んだ。

「すみません、どなたかいませんか!?」

ダンダンと叩き付ける士郎の手は、もう赤くなっていた。
力の限り叩き付けるその様子に、中から応える声は、なかった。

「誰か、いないのか……誰でも良い、刹梛が………!!」

たまらず、力無くその場に座り込んでしまった。少年はその琥珀色の瞳に水気を溜めていく。希望と思えたその光りが、今は憎らしくては仕方ない。
再び絶望の淵に追いやられた少年の心は、壊れる寸前であった。
少年の心に再び闇が訪れようとしていた────まさにその時。




『誰だ!! こんな夜更けに騒ぎよって!! やかましいわい!!』





勢いよく放たれた扉から、まるで富士の大山を彷彿させる巨躯な髭面男が現れた。
その大男は玄関先に座り込む士郎と、首を緋に染めた刹梛を見るなり、血相を変えた。



『どうしたお前さんら、見慣れない顔だが、どっから来た!?
そんなのは後でもいいか、とにかく中に入れ! 簡単な手当てなら出来る筈だ!』



その大男は見掛けによらず親切であった、的確な処置を刹梛に施したかと思えば、恐らく彼が先程まで使っていたであろうベッドまで貸し与えてくれた。

小屋の中はまあまあ快適で、生活していく上での必要最低な家具やモノがあるだけのシンプルな内装だった。
ただ、至る所になにに使うのか用途不明な謎のモノが散乱しているのは、触れないでおこうと士郎は密かに思っていた。

そんな士郎の心中など知らない男は奥にある棚から何やら液体の入った小瓶を取り出し、士郎に向き合う。

『あの子の傷口の方は塞がっちょるから大丈夫だろう。お前さんも念の為これを飲むといい、一気にな』

『ぁ……有り、難う御座います』

士郎は渡された小瓶を繁々と見つめる、明らかに人間が飲めそうな色でないソレは、男曰わく“疲労回復の薬”らしい。
心の中で適当な念仏を唱えながら、ソレを一気に飲み干す。食道を南下する感覚は固かった。液体なのに。



『それにしても。お前さんらは“禁じられた森あの場所”でなにをしちょったんだ? “禁じられた森あそこ”は確か、生徒の立ち入りを禁じとる筈だが……』
『禁じられた森……? それはそこの森の事を指すんですか?』
『なに、お前さんそんな事も知らんであそこ居ったか?
というかそもそも、お前さんはここの生徒か?』
『生徒…』



そう呟き、士郎は一旦会話を止める。



なにか────決定的ナニカが可笑しい。

どうやら男と士郎の会話には大きな齟齬がある様だ。
噛み合っている会話にみえるが、実は決定的ナニカが食い違っている事実を、士郎は薄々感づいていた。
矛盾はその辺に転がっている。士郎も感づいているのに、確固たる自信がなかった。
士郎の考えた過程こそ、魔法の様に果てしない話で、それこそ、魔術では再現不可能を可能にする魔法のようである。

そして────
最も最初に疑問、乃至触れなければならない事柄があるのを、士郎は敢えて気付かない振りを演じていた。


『まあ詳しい話は後でも聞けるから良いわい。とにかく今はあの子の回復を待つ事が大事だろう。
傷は塞がっちょるが念の為、明日保健室に連れてって診て貰うとええ』



────この男と士郎の会話は全て、英語だという事実を、胸の隅っこに追いやったまま、士郎は刹梛の傍らに寄り添い、沈み込む様に眠りに就いた。








この時だけは藤ねぇに感謝するぞ、俺…。






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