星屑の煌めき
(無双/郭嘉)開闢空を穿つ
「こんな夜更けに遠出ですか、郭嘉殿」
「────これはこれは、ザビ子殿。見つかってしまったか」
「……郭嘉殿。確か貴方はまだ雑務が終わっていない筈でしょう」
「はは、ザビ子殿は相変わらず手厳しい。少しのお遊びぐらい大目に見てもらえないものかな?」
「その“少しのお遊び”がここ最近ずっと続くのは頂けない、貴方はこの軍の要衝なんですよ。
その大事な要が夜な夜な遊びに耽るのは、いかがなものかと思いますが」
「ザビ子殿は頭がお堅い。その様な生き方では疲れないかな?」
「生憎わたしは生まれてこの方この調子です、疲れた事などありません」
「ならば尚の事、私で良ければお遊びの手解きでも致しましょうか?」
「遠慮します、貴方の様に腑抜けて生きていくなんてわたしには到底無理な話しですから。
郭嘉殿、無駄なお喋りはやめませんか、こうやってわたしと押し問答を行った所で貴方の仕事は減りません」
「おや、分かってしまったか。あなたの様な才女相手に時間稼ぎは無駄だったという事か、成る程これは次に使えそうだ」
「ハァ…………郭嘉殿、わたしも手伝いましから終わらせておきましょう。
貴方は曹操様の寵愛を受けているとはいえ、一軍師なんですよ、戦場に身を置く兵士達からすれば早急に次の戦の策を考えて頂きたい限りなんです」
「相手を見なければ策を考えた所で机上の空論、まずは敵を知らねばなにも出来ないものだよ、ザビ子殿」
「また減らず口を……」
「ははは、軍師は口が達者でなくてはやっていけないものだよ」
「…………曹操様も、何故こうもこの様な軟派な男を可愛がるのか、理解に苦しむ……」
「────それは私にそれだけの利用価値と頭脳があるからだよ、ザビ子殿」
◇ ◇ ◇
「次の相手はあの袁家、享楽に耽ったとはいえ名家の端くれ……そう簡単に勝てる相手ではありません」
「いや、果たしてそうかな?」
「……郭嘉殿、なにか秘策でもあるのですか」
「袁紹の息子たちは不仲、自分が跡を継ぐべきだと三者三様に宣い憚らない。
そんな袁家は最早砂上の城、少し衝いただけで脆く消え去る」
「……つまり。あの兄弟の不仲を逆手に取る、という訳ですか」
「極論を言えば、ね。今の袁家は簡単に滅びてしまうだろう。だが、それでもあの兄弟が結託すればソレは間違いなく強敵だ。
腐っても名家、それなりに苦戦を強いられるだろう」
「はぁ、そうなのですか。わたしには今の袁家は恐れるに足らない相手に思えます。
確かに袁紹殿は強敵に値する人物でした、然し、御子息方には彼の威光を感じ得ない……血筋に固執するあまり本質を見誤ってしまっている。
脆弱の将に挙兵は難渋します、それを衝けばよいのではありませんか」
「ふむ……やはり私の目に狂いはなかった、ザビ子殿は軍師にもなれる逸材だ」
「それは褒め言葉として受け取ります。
郭嘉殿、もともと不仲とは言え今は結託中のあの三兄弟、そう易々とは御するのは至難の業かと思いますが」
「ザビ子殿は少し先見の明を養った方がいい。
今の袁家は安易に崩れ去る、軽くつつくだけで自滅する程に脆い」
「……何故、貴方はそう断言出来るのですか。
確かに袁紹亡き袁家など強敵には値しない、然し戦場では一瞬の隙が勝敗を分ける、その慢心が我が曹魏に敗北を招くかもしれないのです。
没落しかけているとはいえ、それでも袁家の軍力は侮り難い……そんな敵に慢心を持ちながら戦った所で負けてしまいます」
「まあまあ、落ち着いて欲しいなザビ子殿、少し冷静になっていただきたい。
確かにザビ子殿と私の見解は相違しているようで、然しながら合致している。
『袁紹亡き袁家は御しやすい』、『大将亡き袁家は没落しかけている』、ほら同じコトだろう?」
「!」
「言い回しに違いはあれど結果は同じ、なら過程がどうあれ行き着く未来は同じであろう。
ならばそれはつまり、曹魏に敗北は無いと言っているのと同義ではないかな、ザビ子殿?」
「……一つ、確認したいのですが」
「おや、なにかなザビ子殿?」
「郭嘉殿は、底意地が悪くいらっしゃる……」
「さてはて、それはどうかな?」
「…………。袁煕は恐らくこの山頂辺りに陣を構える、抑えるならここです」
「そんなザビ子殿は思考の切り替えが上手であらせられる、いやはや見事」
「袁煕を討てば、残りの兄弟は仲間割れをしだすでしょう。わたしが導ける答えはコレだけです。
あとの細やかな策を練るのは本職である郭嘉殿にお任せします、わたしは貴方の策に従うまでだ」
「其処まで明確な結論まで導き出せているのに勿体無い、ザビ子殿、今度個人的に私の私室へ来ないかい? 色々手解きしてあげよう」
「わたしはしがない一兵士です。郭嘉殿お戯れも大概になさって下さい。
それに、仕事以外で郭嘉殿の私室に立ち寄りたくはありません……この部屋、少しは掃除なさっては如何ですか。書簡が山積みにされて、今にも雪崩が起こりますよ」
「はは。ザビ子殿はなかなかにつれない人だ。こうなると意地でもつりたくなってしまう」
「雑務が片付いたようなのでわたしはこれで失礼致します、明日からはご自分の仕事ぐらいご自身で片付け下さい、郭嘉殿」
「それは出来ない約束だ。これが片付いても私はまた、仕事を溜めてしまうかもしれないよ?」
「それは何故ですか、仕事を溜めて困るのは郭嘉殿ご自身なんですよ」
「それには理由があるとしたら、とは思わないかいザビ子殿?」
「そういえば最近城下に新しい茶屋が出来ましたね、それですか」
「うん、いいね。ザビ子殿はそうでなくちゃ。あはは、鈍い鈍いと思っていたがここまでとは……感服に値する」
「なにを仰りたいのか分かりませんが、郭嘉殿が職務を怠慢なさるつもりならわたしもそれ相応の対処を執らせて頂きます」
「おや。それは愉しみだ。一体どんな対処を執るのかな?」
「曹操様にわたしを郭嘉殿の副官にするよう、申し上げます。
まあ、職務を放棄するような軍師様にはわたしのような身分賤しい兵士を副官として就任させるのはイヤでしょうけど、これも全て身から出た錆と言う事です。
これがイヤなら、仕事を溜めずに真面目になさって下さい」
「ザビ子殿が私の副官に? あははは、これは丁度良い。またとない好機だ。
うん、是非とも願い申し上げる、そうしてくれれば私も手間が省ける。
こちらから願う手間もなくなった────ザビ子殿、是非とも私の副官にならないかい?」
「…………」
「信じられない、という顔をしているがザビ子殿は軍略に長けている。それを以前から私は買っていてね、どうやって私の下へ来させようか策を弄していた所だった。
あなたの様な才能ある芽を活かせるのは軍師だけだ、ザビ子殿、考える時間は一応与えよう。
けれど答えは早急に出して欲しいものだね、あまり焦らされるのは好きじゃないんで、ね」
「な、にを……戯れ言も大概にして下さい郭嘉殿、わたし如きの軍略など貴方には児戯にも等しいでしょう」
「果たしてそうかな? 袁煕を討てば後の2人は自ら崩壊する、なんて発想は私にはすぐに思い浮かばない。
それは偏にザビ子殿に軍略の才がある、という意味だ。
その才は素晴らしいモノだし、一朝一夕では手に入れる事は不可能だろう。
ならそれはまさしく天賦の才、有効に使わなければ勿体ない」
「……」
「ザビ子殿は己れを過小評価しているが、それはとんだ早合点だよ。
ザビ子殿の才は素晴らしいモノ、だから是非とも私はソレが欲しい。
戯れ言なんて思われたのは頗る心外だ、私は本気でザビ子殿の能力を買っているんでね」
「…………郭嘉殿は。その、本当に……わたしに軍略の才があると思いますか」
「ああ、勿論だ。だから是非とも私付きの副官になって頂きたいね」
「それは副官に仕事を預けてご自身は楽をしたい、という思惑があるからですね」
「信じてもらえないようで私は悲しいなぁ、どうして信じてくれないのかなザビ子殿?」
「……その。…………か、考えておきます、曹操様に相談しておきます…」
「ははは。それではザビ子殿の色好い返事を心待ちにするとしよう────でも、私にあまり時間はないので、ゆっくり待てないよ」
彼らの世界はそうして啓かれた。
「郭嘉殿。今日から正式に郭嘉殿付きの副官に就任致しましたザビ子です宜しくお願い致します」
「やあ、この日を待っていたよザビ子殿。じゃあ早速この布陣を基盤に軍略を考えてみてくれないかい?」
「それでは。まずは郭嘉殿の意見を拝聴しても宜しいでしょうか」
「……そうきたか。やはりザビ子殿は手強いな」
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