純情boogying
2
やがて、日が傾き、外が薄く暗くなって暫くした頃
町内会が夕暮れを知らせるチャイムが辺りに鳴り響いた。
――ゆうやけ、こやけで――
――ひがくれて――
突如、幼い頃の記憶が思い起こされた。
夕暮れ道、俺は買い物から帰る途中に土手を歩いている。
いつだか忘れた。だが、見上げる俺の視線はとても低かったから恐らくかなり小さい頃だ。
手を繋いだ先から、和子さんの声が降りて来た。
「楓さん、楓さんは将来何になるのかしら?」
そう聞いた俺は、当時なりたいものなんて特に無くて。「サッカー選手」やら「メジャーリーガー」やら「宇宙飛行士」やらそこらのガキみたく何も考えずにかっこ良さそうなモノを挙げる程馬鹿では無く。(最低な親のおかげで俺の精神年齢は実際のものより高い)
とりあえず1番の望みを言った覚えがある。
「僕はね、和子さんを幸せにしてあげるんだ。」
「……なら、楓さん、自分のやりたいことを見付けてそれを一生懸命学びなさい。
お勉強でも、何か、スポーツでも。それが私の1番の幸せよ。」
そう言ったら、とても嬉しそうに和子さんが微笑ってた。
「じゃあ……僕は勉強が得意だから、いっぱい勉強して、偉い人になるっ!!
それで、和子さんの事いっぱい幸せにしてあげるね!!」
「あらあら、じゃあ、楽しみにしておくわね。」
その時に、チャイムが鳴って。
「もう……夕暮れねぇ。」
「和子さん、お歌歌って!!」
「じゃあ……一緒に歌いましょうか楓さん。
夕焼けこやけ、この前も一緒に歌ったわね。」
今、窓の外には、夕焼けは無い。
薄墨色のひんやりとした空間がそこに広がっていた。
『……ッかずこさんっ!!和子さん!!』
こんな、言い表しようの無い悲しさなんて知らない。
息も出来ないほど込み上げた鳴咽が喉を塞いで、無性に大声を上げたくなった。
『か……ずこ……さん!!』
呼んでも、返事は返ってこない。
「あらあら、楓さん、男の子が泣くものではないですよ。」
和子さん、和子さん、和子さん……ッ
何で……いないの……?
『かぁ……さんっ……』
一度も、呼んであげられなかった。
俺の事を、息子と呼んでくれた。
俺、あなたの息子でいられて幸せでした。
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