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純情boogying
後悔
 


ひとしきり泣いて、熱っぽく掠れた喉に
『泣いてる場合じゃ無い』
と気付いて無理矢理涙を拭って咳込みながら周りを改めた。

和子さんの遺品をいくつか持って行きたい、と言うのもあったけど、……和子さんには申し訳無いけど、着物を包んでる理由は当面の生活費だった。


ここに来てからそれでも大分売ってしまった和子さんの私物の中で、普段着とは別にガラガラの安っぽい箪笥の中に残っていた紺色の訪問着と喪服。
俺の成人式で紋付袴に作り替えてくれると言っていた。そのために、生地はいいものだが手放さなかったと。
「楓さんはまだ大きくなるだろうから、背が止まったら糸をほどいて、布を裁ち直しますからね」
と言っていた。……これからそんなに大きくなる気配は、正直しないけど。
着物を出して、包んでるとき。和子さんの行李の中から、俺宛の手紙を見付けた。


達者な毛筆で白い和紙の上につらつらと綴ってある。


封を解いて、少し香った墨の匂いに小さい頃和子さんに書道の手習いを受けたことを思い出した。
他にも、琴と、三味線と、日本舞踊と、華道に茶道とおよそ男がやるものじゃ無いのばかり。

だけど、俺は和子さんが教えてくれるってだけで嬉しかったんだ。


褒めてくれるのも、和子さんが喜ぶのも全部。

……今となっては、生活費に困ってとうの昔に琴も三味線も売り払ってしまっている今では、和子さんが奏くのを見るのも教えてもらうのも叶わなくなってしまったけど。




読んで行くうちに、和子さんの事を沢山思い出した。

優しく咎めるあの口調も、俺の事を「楓さん」と呼ぶあの声も、全部、全部、覚えてる。


和子さん、……あなただけが、あなただけが俺の母親でした。
ここまで育ててくれてありがとう。あんなに愛してくれてありがとう。

言っても言っても足りない感謝の中、俺はあなたの夢一つ叶えてあげる事なく逝かせてしまった。



苦労かけただけの人生でごめんなさい。
それでも、俺は和子さんが俺の傍に居てくれて、それが、それだけが、俺の人生で幸せな事だったよ。



和子さん、さようなら。


俺は、今日、この家を出ていきます。
……一緒に行こう。俺と一緒に出ていこう、和子さん。

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あきゅろす。
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