極楽蝶華
2
「……ユウ?」
この学園で
俺の事をそうやって呼ぶのは
いまんとこ一人だけ。
「……おい……っあ、待てよ!!」
俺は静止を振り切って全速力で走り出した。病み上がりだとか構っちゃらんねぇ。
寮から随分遠くまで来てしまっている。恐らく……っつーか絶対に、追い付かれる前に付くのは無理だろう。
更にヤバい事に上手い策も浮かばない。
その上マズイ事にまだ自分の伝達した情報通りに動かない四肢は、思ったより早くに俊の射程範囲内に入ってしまっていたようだ。
走り出して数十秒、歩道を照らす外灯が等間隔に並ぶ夏の夜道。
流れていた景色が突然つんのめる。
後ろからいきなり腕を掴まれて、強く引かれた。
「……っ、逃げんなよ……」
悲愴を浮かべた顔が、歩道脇の外灯に照らされる。
『……っ、はっ、は……何の用……だ?』
こんくらいの距離で息上がるとか身体鈍りすぎだろ……病気って怖ぇ。
「どう、して……何で、部屋からいきなり消えたりしたんだよ……っ。」
俺の腕を掴んでる手に力が入った。
気を使っているのか、指は食い込んでいるが爪は立てられていない。
『あぁ……やっぱり、テメェの仕業だったわけね。
目が覚めたら知らない場所でさぁ。……大低の奴は逃げ出すと思うけど?』
喧嘩含め、スポーツはアウェイでやるもんじゃねぇ。
「……心配、したんだよ……お前具合悪そうだったし、この一週間何処探してもいねぇし……!!」
『……え?』
なんで?
俺が病気だったからか?
『つまんねぇじゃん、喧嘩すんならイーブンな条件じゃないとさ。』
『また怪我が治ったら、な。』
俺の信念と通じる所があった所為で、俊が少し良い奴に見えた。
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