極楽蝶華
どの口が言う
「……悠紀仁。」
『な、んですか。』
わざと隠しているのか、怒ってるのかどうかすらも分からない奈緒先輩の微笑に思わず返事につまる。
……なんなんすか。
「僕はね、気心が知れた人にしか素を見せないから、普段よそ行きの顔で人と接する時間の方が多いんだよ。」
『……はい?』
だから、いつもの癖で素を見せなかったってことか?
「素で接するときはね、普通に頭で考えて色々喋ってるけど。
作ってるときはほとんど条件反射で世間的に受けが良さそうなこと答えてるんだ。ほとんど考えないで言葉出てくるかな〜……まぁでも5%くらいは頭使ってるけど。」
『え、で、なんなんすか。』
「他に集中することがあったから、会話が条件反射になったってことだよ。」
『……?』
「つまり僕の頭の中の残り95%は、ぜーんぶ左手に集中してたって事。」
急に立ち止まった奈緒先輩が、俺の右手をとって身を屈めて、その指先に口付けた。
さっきさんざんいやらしく触ったそこを唇で撫でながら挑発的に上目使いをしてくる。
またしても、不意打ちでこんなこっぱずかしい事をされて不可抗力で顔が熱くなった。
……せっかく冷めたのに何をしてくれやがるんだ。
『な、何に全力注いでるんですか。止めてくださいよっ』
俺へのセクハラなんかに神経集中させないでください。
「悠紀仁は嫌がってないのに?」
『そんなこと……』
「あんなことされてる最中も、僕の口調気にして心配してくれてたくらい僕のこと好きなのに?」
覗きこむようにわざと顔を近づけてきた奈緒先輩に心臓が高鳴った。
普段眼鏡のレンズ越しにしか見ないこの人の瞳に、至近距離から見すくめられて「違う」の一言が言えなくなってしまう。
「……悠紀仁は、素の僕の方が好き?」
ただ人当たりが良いだけ、の顔じゃなくて
腹黒だと自称してるわりに気遣い屋で、気心が知れた相手には口が悪い。
時々不器用で、傷つきやすいクセに平気なふりをする。
俺は、こっちの奈緒先輩の方が好き。
『……この前。教室で……3年の、奈緒先輩の教室。
あそこで周りに向けてた顔は嫌い。さっき俺の友達に上辺だけで喋ってたのも寂しかった。
……俺は、俺の好きな人の本当に良いところを周りが知らないままなのはやだな。』
「……悠紀仁はさぁ、本当に自覚しないで殺し文句を言うよねぇ。」
……いや、奈緒先輩の方がタラシでしょ。行動も台詞もさぁ?
俺はただ単に、俺らの前でくらいはキャラ作んないで欲しいなってふんわり伝えただけなんすけど。
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