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drunkard(修要)



いつもは1人で静かに風の通る音や虫の鳴く声を聴きながら歩く道。東仙は1人で歩くのも好きだったが今日は檜佐木が隣にいるからだろうか、歩きなれた道もどこか新鮮で檜佐木にはごきげんですねと保護者のように笑われた。

「隊長、水溜まりがあります。此方へ。」

檜佐木がさっと東仙に手を差し伸べる。東仙が目が見えなくともそのくらいわかる事を承知した上でやっているので断り辛い。むず痒いような照れ臭いような、でも決してうっとおしくはなくていつもその手をとってしまう。
自分でもよくわからなかったが、とりあえず手を繋ぐ言い訳にはちょうどいい。

「ありがとう。」

ぎゅっと檜佐木の手を握ると温かい手がビクリと震えた。
嫌だったのかと咄嗟に手を離しかけたが檜佐木の霊圧がぐらぐらと不安定になっているから違うとわかった。

「修兵…」

「た、たっ…いちょ…」

手を繋いだだけで可哀想なくらいガチガチに緊張する檜佐木があまりいじらしくてくすくすと笑った。
いまさら手を繋ぐ程度で照れる関係でもなかろうに、むず痒いような甘い痺れが背中を這う。

「ふふっ…」

「わっ笑わんでくださいよ!」

「だって修兵があんまり緊張してるから…」

「しょーがないじゃないすか!隊長から手ェ繋いで貰えるとは思わなかったんですよ!」

ムキになる檜佐木とふざけあいながら歩いていると、気付かないうちに東仙の自家に着いていた。
もう少し遠かったら良かったと思いながら門前に立つ。

「では、オレはこれで…」

「上がっていかないの?」

「…いいんですか?」

「私はそのつもりだったけど…」

東仙は檜佐木が夕餉を共にしていくと思っていたけどという意味合いで言ったのだが、檜佐木の霊圧がそれ以上にざわりと跳ね上がった。

「お邪魔します!」

『そのつもり』でもあったしいいかと東仙が小さく息をつく。軍隊のように大声で返事をした檜佐木がおかしくて東仙は白濁した目を細めた。

「いらっしゃいませ〜」

玄関を開けて少々怖いくらいに闘志みなぎる檜佐木を迎える。檜佐木はここは道場かと言わんばかりの勢いで2回目のお邪魔します!を言った。

まず二人とも夕飯を食べていないので何か作ろうと台所へ向かう。檜佐木の好きなウインナーを使おう。狛村に読み上げてもらった料理本にあったポトフにしようと東仙が頭を巡らせる。


考え事をしながら台所へ歩いていたら後ろから凄い物音がした。

「うごあっ!!」

「修兵!大丈夫!?」

どうしたんだろうと後ろを向くと檜佐木が転んだだけですと言って笑った。
大の大人がそうそう転ぶものだろうかと思ったが東仙にはすぐに理由がわかった。
照明だ。
普段の生活で照明を必要としないのでつい客人がきた時に照明をつけるのを忘れる。

「ごめん修兵!今照明つけるから…」

「すいません…ありがとうございます。」

檜佐木は気を遣いすぎるくらいなのに自分はなんて気が付かないんだろうと反省していると、檜佐木の腕が東仙の細身の肩を包んだ。
檜佐木の腕の中は暖かくて好きだ。東仙は直接触れ合う腕に羽織を隊舎に置いてきて良かったと思う浅ましい欲を鎮めようと努めた。

「気が付かなくてごめんね修兵。」

「謝らないで下さい。もしやこのまま布団に直行するのかと期待して何も言わなかったオレが悪いんです。」

まだそれを諦めてはいないらしく、只肩に回されていた檜佐木の手が東仙の細い輪郭を下に降りて腰をするすると撫でた。
負けてしまいたい気もしたが、通常業務の上隊の道場で師範もしていた檜佐木の疲労は誰よりわかっていた。

「えと、…ご飯作ろうか。」

「…はい。」

がっくりと項垂れる檜佐木に罪悪感が湧くが、倒れさせるわけにはいかない。



「ぽとふ…」

「うん。現世の料理でね。修兵が好きだと思って。そこのじゃがいもを大きめに切ってくれるかい?」

「任せて下さい!」

包丁で器用にじゃがいもの皮を剥いていく檜佐木の横で東仙は現世の物を売っている店で買った「こんそめ」の袋を破く。
もう一つまな板と包丁を取り出して人参を存在を主張する大きさに乱切りする。狛村がいたらこの料理は作れないな、と親友を思った。

「出来ました!」

料理番組の助手よろしくシュビッと気を付けをして報告する檜佐木に笑みがこぼれた。

「じゃあ次はこの人参と一緒に油をひいて煮崩れしないように炒めて。」

隣でジャージャーと小気味良い音を出す檜佐木の横でウインナーに切れ目を入れていく。たしか三席がくれた蕪があったな、千枚漬けにしたけれどまだ残っているから変わり種で入れてみたら面白いかもしれない、と東仙は数日前の記憶を辿る。


「修兵、蕪は好きかい?三席に貰ったものがまだあるんだけど…」

「いいですねー!」

即答する檜佐木に気を良くして玄関に蕪を取りに行くと、玄関の外にに何か置いてあった。危ない物ではなさそうなので少し突ついてから手に取ってみると、それは日本酒の一升瓶だった。その周りに帯びた霊圧は古く馴染んだものだった。

大方人参の匂いがしたから逃げたのだろうと、東仙が真面目な顔を崩す。

台所に戻って檜佐木に見せると嬉しそうに歓声を上げた。





「狛村隊長がいらしたんですか!?すいません俺気ィ遣わせてしまって…」

「ふふっ、例え家に招いても狛村は今日の食事には参加出来ないよ。」

「あー…これは狛村隊長には拷問ですね。」

「でしょ?つみれに混ぜても食べられないのに。」

「隊長、これもう水入れて大丈夫ですか?」

「うん、そうだね。」

鍋に水を入れる檜佐木の横で蕪を洗う。火力を調節し終わった檜佐木が手伝いますと言って東仙の手から半分蕪を受け取った。

2人並んで蕪の葉をちぎりとり、皮を剥く。東仙が面取りをしていると檜佐木が面取りは苦手だと言うのでは米を炊いてもらうことにした。

蕪は別の小鍋で檜佐木が米をといでいた磨ぎ汁を拝借して煮る。竹串が抵抗なく通るのを確認した東仙が「こんそめ」と一緒にポトフの鍋に入れた。


米が炊けて2人で作った食事が完成する。
食卓に着いた檜佐木が皿に盛られたポトフを見て感嘆の息を漏らした。

「すげー…面取り滅茶苦茶キレイですよこれ。さすが隊長…」

「見た目は私いつも自信ないのだけれど…よかった。」

東仙は触覚以外に見た目を確認する術を持たない。それ故出来栄えを褒められるといつも安心したようにくしゃりと笑った。
大ぶりに切られた蕪を箸で割りながら細い眉を下げた。
檜佐木は東仙のその笑顔が好きだった。

「狛村がくれたお酒、開けようか。」

「隊長熱燗でよかったですか?」

「うん。ありがとう。」

湯を沸かし、熱燗をつけてお互いに注ぎあって乾杯する。

「今日も1日お疲れ様。」

「隊長もお疲れ様です!」

「ッかー!!」

「…すごくいいお酒をもらってしまったね。」

「そうっすね…今度何かお返ししましょうか。何がいいと思います?」

「んー人参以外。」

冗談を言い合いながら杯を重ねる。
半刻ほどがたち、料理も片付いた。東仙は普段からあまり呑む方では無いが檜佐木と話している内に自然と酒を注ぐ手が動いてしまっていた。檜佐木は元から乱菊の鬼のような飲み会にもよく行っていて飲み慣れているせいかさほど酔ってはいないようだ。東仙は皿の上の料理が無くなっていく音をぼんやりと頭の中で反響させた。

普段より崩れた座り方をする東仙に檜佐木が水を渡す。

「隊長、大丈夫ですか?あの…真っ赤ですが、」

「ん〜だいじょうぶ。」

「…隊長それ大丈夫じゃないですよ。」

「修兵はいつも私を隊長、隊長って呼ぶ。」

酔ってるなあと自覚してはいるが口が勝手に動く。飲み会などでは直ぐに寝てしまうのだが起きていると絡み酒なのかとぼんやりした頭で他人事の様に食卓の箸をとる。

「そりゃ…隊長ですから。」

「今は違う〜。」

「はい?」

「名前で呼んで?」

「なま…」

「2人きりのときは名前がいいよ…修兵。仕事をしている気分になる。」

いつか歌劇で聴いたような台詞を思い出すがまま口にする。檜佐木が困っているのがひしひしと伝わったが、酔っ払いにはそれすら愉快で、席を立って向かいに座る檜佐木に擦り寄った。
檜佐木の硬い手の輪郭をなぞるように褐色の細い指を這わせる。

「たっ隊長…」

「…違うでしょ?」

「…要さ、ん…。」

東仙の手の中で節立った手にじわりと汗が滲んだ。こうなると懐かしいような悪戯心が湧いてきて、東仙は口の端を小さく上げた。

「さん、も嫌。」

「勘弁してくださいよ…飲み過ぎですよ隊長…。」

「…隊長じゃない。今は仕事じゃないんだから敬語も使ったら駄目だよ。」

「はい!?」

一体何の劇だったのか、それすらあやふやだったが、我儘な女の台詞と言うのは言ってみれば少し胸のすっとするものだ。
あざとく媚びる猫撫で声も他人だから腹が立つのだと聴いたのもその劇だっただろうか。

とろりと溶けた思考では思い出す事は出来ないが、酒の回った頭はどうにも遠慮を知らぬらしかった。

「…。」

「隊長…か、なめさん。」

「…。」

「マジすか…。」

「…。」

「…要。」

「はーい!」

茶化すように笑ってその広い背中に飛びつく。頭の片隅の少しだけ冷静な部分がこれが酒に呑まれているという状態かと分析するも、理性的な行動を取れるほどではなくて結局困ったように笑う檜佐木に頬を擦っていた。








頭の内側から砂袋を叩きつけられるような酷い頭痛に顔を顰めながら、東仙は倦怠感の残る上身を持ち上げた。


頭痛がするのは酒の所為だけでは無く、昨晩の自身の悪酔いぶりを思い出して目頭を揉んだ。

いっそ記憶が飛べば良かったのにと思いながら隣の霊圧を探る。穏やかに揺れているそれはまだ眠っているらしかった。
聞き慣れた鼾に小さく笑ってその堅い髪に手を伸ばした。
我儘放題した事など数える程も無いが、それでも突き放さなかった隣の体温が温かくて東仙は盲いた目を慈しむように細めた。


頼むから寝ていてくれと願ったが檜佐木は早くも顔をしかめて目覚めの唸りを上げた。昨日の言い訳は浮かばなかったがとりあえず謝ろうとその頭から手を離す。
檜佐木の声が変わったのを聞いて、東仙が声をかける。

「…おはよう。」

「おはようございま…おはよう、かっ…要。」

昨日敬語すら禁止されてよほどに手酷くお仕置きされたのか檜佐木は焦って言い直したが、すぐに口を噤んで東仙の顔色を窺う。大方自分の記憶の有無を探っているのだろうと申し訳なさげに口許を崩した。

「あの…すまなかったね修兵。昨日ちょっと、いや凄く酔っ払ってしまって…」

「いやあの…いえ、」

「えと…」

「あーと、どう…呼べば…」

「普段通りでお願いします…。」

「はい、隊長。…あの、」

「ん?」

ぎこちないやりとりの中で、一際長い沈黙が流れた。

「2人…だけん時は、かっ、要さんと呼んでも…よろしいでしょうか?」

寝起きの掠れた声を更に詰まらせながら檜佐木が言う。
ぐらぐらと揺れる若い霊圧に、東仙がその柔らかい唇を持ち上げた。



初めてよりも気恥ずかしい朝に瑠璃鶲の声が通り過ぎてゆく。









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