カラン、とケーキ屋のドアが開きお客様が入店した。
土方はいらっしゃいませ、と声を掛ける。そして

そして、内心がっかりとした。








「ガトーショコラと、…チーズケーキを…あ、ごめんなさい、ガトーショコラは二つ、以上でお願いします」

目の前の客が少々もどろぎながらもケーキの種類を並べた。それを聞き土方は丁寧に包装をする。
お買い上げありがとうございます、とお辞儀をしながらこそり、息を吐きだした。

今日もだ。
今日も彼は来なかった。

週一で必ずショートケーキを買っていた高校生。土方と同じ年だと知り、仲良くなった。ケーキを渡す度に少しの会話をしていた。
「土曜なのに、高校あるのか」
「はい、部活なんでさ」
「へェ、何部?」
「剣道部でさぁ」
等々、ショーケースを挟み口を交わすのだ。


その関係は、丁度一カ月前、土方が思わず聞いた一言で始まった。

ケーキ、お好きなんですか?

聞いたとたんに、丸く大きな目を開いた彼を今でも覚えている。それはそうだろう。高校生のアルバイトに、話し掛けられるなんてめったにない。しかも土方はフレンドリーなタイプではないし、不自然な話し方だったと思う。自分でそう感じていた。
無視してもおかしくはないその空間で、それでも、高校生は答えてくれた。はい、好きです、と。
じわりと嬉しい気持ちが広がった。土方はそのまま会話を続け、名前まで聞き出した。今思うとすごく恥ずかしい。名前を聞き出すことは、こんなにも恥ずかしい。
恥ずかしい思いをしたから余計覚えている。

彼は、沖田総悟という名前らしい。


それから毎週会話をしていた。いつしか土曜日が楽しみになっていた。
前の週も、そう思って待っていたのに。







「はぁ、」

今日は土曜日だというのに、結局彼は来なかった。
これで三週間来ていないことになる。

三週間前は、さすがにそこまで思わなかった。それはそうだろう。毎週欠かさず来ていると言っても、学生の身なのだ。部活もあるし、一度は来るのを控えたりもするだろう。

しかし三週間連続で来ないとなると、さすがに土方も心配になってしまう。
どうしたのだろうか。もしかして、前の会話が何か不味かった所があっただろうか…。土方は自己嫌悪に陥る。
―私生活を聞き過ぎた?自分の担任の愚痴を言ったのがいけなかったか、いやしかし、愚痴といっても、こういう所があるんだよなー、と漏らしただけだ。そこまでは気にする会話ではなかった筈。では、もしかして、話しかけられるのが実は億劫で仕方がなかった!?…ヘコむぞ、まじで…。


「どうしたの、悩み事?」

うーうー一人で唸っていると、パートのおばさんが話しかけてきた。
やべ、と内心戸惑いながらも土方は言葉を交わす。

「いや、すんませ、」

「あ、そういえば、ショートケーキのあの子今日も来なかったわねぇ」

「…。」


ズバリ土方の心中を当てたパートのおばさんに、土方は苦笑いを返すしかなかった。




。。。




そのままもやもやとした気持ちを引きずったまま、火曜日。
土方は閉店後、店の中を掃除していた。

店の掃除はローテーションで決められていて、土方は水曜日が当番。けれど、火曜日の今日、当番の人がお休みだった為土方が引き受けた。
確か、休みの理由は子供が風邪をひいてしまったから。小さい子供の親は大変だな、と一人考え雑巾を洗いに蛇口に向かった。

「(ま、明日は祝日だし)」

祝日は店もお休みな為、結局の所、今週は土方の掃除当番は合計して普段と変わらない。引き受けた大半の理由がこれだった。
雑巾を戻し、土方は帰る支度をして時計を見た。

「げっ」

もう八時前だった。
明日は休みだからとのんびり掃除していたのがいけなかった。ああ、まさかこんなに時間がたってしまうとは…。土方は顔をしかめて店を後にする。まだ残っている店長に一言挨拶をし、裏口から出て

思い切り天を睨んだ。


「まじかよ…」

さらさらと霧の様な雨が降っていた。
ついていない。やけに暗いな、と思ったら、雨が降っていたのか。音も激しくなく、店の中では全く気が付かなかった。

慌てて鞄の中を探り、折り畳み傘が無いか確認をする。たしかあったはず。一度天気予報が外れ、鞄の中から取り出すのも面倒でそのまま入れっぱなしだったのだ。

「あった」

ばさり、真っ黒なそれを開き土方は裏口から通りに出た。
交通量はそこそこだが、その通りは駅に近い。すれ違うサラリーマンや学生を抜き、土方は足を速めた。…早く帰ってシャワーが浴びたい。

「(あ)」

一人の学生に土方の目が止まった。
雨が降っているにも関わらず、傘をさしていない。霧に近い雨だが、浴び続けていると当然ぐっしょり濡れてしまうだろう。身震いをする彼を見て、土方は少し同情をしてしまった。

「(今日、休みだったあの人の子供みたいに、風邪をひかないといいな…。)


 !」



ちら、と。

少し横顔が見え、土方は走って彼の腕を掴んだ。

ほとんど直感だった。脳が勝手に判断をし、動けと全身に信号を掛ける。走り掴む。やけに細かった。こんなにも細かったのか、と土方の胸がぎゅっとなる。そして、

そして驚き振り向いた彼に話しかけた。


「総悟?」



 

  


あきゅろす。
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