ジュエリーの続き
 シリアス






俺が自覚した時の話をしよう。ただの家族ではなく、世界でたった一人の大切な人だと気付いた時の話を。





 ト ル マ リ ン




あれは一年と少し前。寒い二月の事だった。


「トシ兄おはよう」

「おう総悟。おはよう」

朝。
俺は寝ぼけ眼でトシ兄に挨拶をする。二階の自室から降りて来て、真っ先にすることは兄への挨拶だ。リビングには両親はもう居らず、兄だけが机に座りテレビを見ながら牛乳を飲んでいた。

暖かいファンヒーターが付いており、近寄った俺は思わずしゃがみこみそれを独占。あったかい。身体全体を温風が包み、うとうととまた眠ってしまいそうになる。

「こら総悟。お前顔洗ってこい」

「ん?んー・・・はい」

数回ファンヒーターの前でふらふらし、勢いよく立ち上がる。しっかりしろ!と自分を叱咤して寒い寒い洗面所へ。早くしないとトシ兄と一緒に学校へ行けなくなってしまう。トシ兄は遅刻はしない人だから。



「さっぱりしやしたー」

冷たい水で顔を洗い、リビングに戻るとトシ兄がキッチンに立っていた。兄の背中を見ながら俺は席に着く。コップと牛乳は用意されているので、それをなみなみと注ぎぼんやりしているとトシ兄がお皿を持って俺の元へやってきた。

「はいトースト焼いておいたから」

「気がききますねぇ!ありがとうトシ兄」

「毎日だろが・・・」

ふぅと溜息をつきながらトシ兄は苦笑い。
そんな笑みさえも、格好良く見えて俺は照れてしまう。えへへと笑いながらねぼすけな俺へ兄が用意してくれた朝食に手を付けた。

「あ、そうだ総悟」

「ひゃんですふぁい」

「食べながら返事をするな。ちょっと話したいことがあるんだが」

「ふんふん」

ごくり、飲み込みトシ兄を見つめる。何だろう、話したいことって。こう改めて言われると少し不安になる。先を促すように、俺はトシ兄を見つめた。



「俺彼女できたんだ」



「   」


  え  っ ?


「この前バレンタインだっただろ?告られてよ、いいよって言ったんだ」

「 」

「気になってた子だから、嬉しかったんだ」

「  」

「・・だから・・・を・・・好・・・なんだ・・・・・・きっと・・・」



大好きなトシ兄の声が遠くに聞こえる。


 えっ   ?
彼女が、出来た?
小さい頃から、それこそ物心付く頃からずっと一緒にいる、トシ兄に?
彼女って・・・女の子?トシ兄に、好きな女の子がいるの?そして、その子もトシ兄のこと・・・大好きなの?

えっ


「帰りもその子と一緒に帰りてェんだよ。だから・・・総悟と帰れなくなるな」



えっ
いやだ



「・・・・・・」

「っ、総悟?」

「は、はい」

「どうした、お前真っ青だぞ」

「真っ青・・・?」

「顔色悪いってことだよ。・・・どうした、大丈夫か?」


大丈夫じゃないよ、トシ兄。苦しくてたまらないよ。一緒に帰れないってことが、そんな小さなことが、こんなにも苦しいなんて。
俺が一人で帰るその時に、トシ兄は知らない女の子と一緒に帰るの?手をつないだりするの?俺だって、めったにつないだことないその大きな大きな手のひらを、手のひらに、包み込まれるの?小さな女の子の手が。

俺の知らないトシ兄が、そこにはいるの?

「あ、あー・・・何か、急に体調悪くなってんで、今日は休みやす・・・」

「まじか・・・俺が連絡するか?」

「んーん。トシ兄はもう行ってくだせぇ。自分で電話します」

「・・・そう、か」

心配そうなトシ兄の姿が見えて、確か、玄関まで送った気がするのだが、あんまり覚えていない。
覚えているのは、トシ兄に向かって無理矢理笑顔を作ったということだけだ。笑いたくないのに、笑いながら玄関まで送った。

ドアが閉まった瞬間顔は崩れた。

「   えっ」

どうしよう。どうしたらいいんだろう。どうしようもできないんだろう。
今までトシ兄が入院したり、友達の家に泊まりに行くとかで離ればなれになった時は、数日待てばトシ兄は戻ってきた。小さい頃はわんわん泣いていた俺でも、寂しいけれど、それは我慢できるようになった。
けれど、これはどうしたらいいの?どうしようもできないの。
我慢すれば別れてくれるだろうか。所詮中学生の恋だ。待てばいつかは、きっと・・・。
けれど何年だろう。数日とかそういう次元じゃない。もしかしたら、五年・・・とか・・・長く・・・付き合うんじゃないだろうか・・・。嫌だ。苦しい。長い、長いよ、トシ兄。


「いやだ・・・」


ぼろぼろこぼれる涙は止まらなかった。これから長い間、俺は我慢を続けなければいけないのだ。それを考えると泣けてくる。胸が苦しくてたまらない。どうしようもできない事実が苦しい。どうにか、できるといいのに、できない。苦しい。
どうして?

「ふ、俺、っく、こんなにも・・・」


こんなにもトシ兄のことが好きだったんだ。

彼女ができて傷つくほど?ああ、終わっているかもしれない。こんなのおかしい、ありえない。けれど、この感情を無視することはできない。


「好き、でさ、トシ兄・・・!」



願うはそう、なりたいのは弟ではなく、・・・トシ兄の彼女だった。







。。。






「これが!俺の!青春真っ盛りの!話でさァ!!」

「うわァァァァァァシリアス台無しィィィィィィ」

総悟は両手を振り上げて片足を椅子に、もう片足は机に置いて第三教室の天井に叫んだ。
それを聞きそこにいた銀八も大声。
そう、二者面談の真っ最中だった。

「ふふ今も青春真っ盛りですがねィいいだろこの、いかにも恋して苦しい感情・・・!」

「できれば聞きたくなかった!」

何故か満足そうな総悟の表情を見たくなくて、銀八は両手で顔を覆った。
二者面談二回目の今日、もう進学先が決まっている沖田に話すことは何もなく、銀八が土方の話を振ってしまったのだ。それが始まりだった。

「いくら順番最後だからって一時間も話すことないだろお前・・・調子にのんなよ」

「何でぃ、どうせ暇だろセンセイ」

「先生舐めんな。一年中師走のようなもんだぜ・・・?」

「あはっそんな先生は昼休みジャンプ読みふけって授業に遅れてきやす!」

「あっそれ言わないで」

などと、二人はどうでもいい話を繰り広げる。

兄に恋をしているなど、そう気安く話せることではない。総悟は銀八が話を聞いてくれることが嬉しいのだ。進路調査の紙一つでバレてしまった時から総悟はあっけからんとしている。どうせ先生だ。こんな話他の生徒にはしないだろう。

「思えば小学生のころからトシ兄のお嫁さんになるーってだだこねてたんでぃ俺。それが高学年になると薄れてよぅ、中一でその事件が起こって思い出しちまった」

「へぇー。」

「あっちなみにその彼女とは高校に入って四か月くらいで別れました。別々の高校でしたからねぃざまぁみろ」

「ふーん。」

「それから・・・トシ兄彼女できたりしたのかなァ・・・。そういう話、あれからしたことないんで・・・」

「・・・もしできてたらどうするよ」

「えっ?」

夕日に照らされ銀八の顔が意地悪く歪んだのを見て総悟は目をぱちくりさせる。
きっと反応を見て楽しんでいるのだ、この教師は。

「大分・・・冷静になりやしたからね。まぁ、しょうがないです」

「へぇ、大人になったなぁ」

「うん。・・・あっでも今は彼女いませんよ!部活終わってまっすぐ帰ってくるもん!」

「そうかいそうかい」

大人になったな、と銀八に言われて総悟は少し照れながら、今、十四郎に彼女がいないことをアピールする。そんな話を繰り広げていると。


「総悟?あ、いた」

「!!!!?とととととトシ兄!?」

突然ガラリと第三教室の後ろのドアが開き、学ラン姿の十四郎が顔を覗かせる。
予想外の展開。総悟は飛び上がった。どうして高校生の兄が、中学校になんか来るんだろう!?

「一緒に帰ろうと思ってよ。靴箱見たら靴はあったし・・・中学の頃の後輩に聞いて場所知った。二者面談だったんだな」

「おー十四郎久しぶり」

「げっ銀八」

先ほどから銀八はいたのに、総悟しか見えていなかったかのような反応をする十四郎。銀八を見て顔をしかめた。

「・・・もう終わったんだよな。帰るぞ総悟」

「はい、帰ります。トシ兄ー!」

鞄を持ち上げ、総悟は嬉しそうに十四郎のそばに駆け寄った。
二人並んで廊下に出る。・・・銀八への挨拶も無しに。



「何だこれ・・・何かおしゃべり好きの女に数時間付き合わされたあげくいきなり電話切られた時の心境に似ている・・・」




銀八はがっくり肩を落とした。
第三教室にきらり、夕日が一際輝いた。






***
ジュエリーの続きです。
あーシリアスで終わらせようと思っていたのに、我慢できなかった・・・!笑
ジュエリーの弟沖田は、頭おかしいくらい土方が好きだといいです。らぶらぶ!
銀八と兄弟を書くのが楽しすぎて・・・。センセイは振り回されるといい。
何気続きそうです。この宝石シリーズ(命名


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