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痛み分け
7




「暇だ」

男は溜息を吐いて、高級ホテルのベットへと身体を横たわらせた。
ここから逃げ出そうにも右腹を貫通した穴がまだ塞がっていないため、動くことすらままならない状態だった。
男は包帯越しに傷へと指を滑らせて、もう一度溜息を吐く。
熱を持った傷口はじくじくと痛みを訴えている。

「…あのじいさんも不運だなぁ…。まさか俺を買おうなんて、」

男はブラウンの髪を掻き上げて誰に言うでもなく笑った。
その振動で腹部に鋭い痛みが走って、男は頬を引き攣らせ小さく呻く。
自業自得だ。
男は身体を動かして痛みをやり過ごした。

「はっ…、今頃アイツに燃やされてたりしてな…。折角撃たれた傷がなくなったてぇのに真っ黒になっちまったら意味ないよな…」

折角痛い思いしたのに、と男は愚痴を零してベットからでも見える大きな窓の、外の世界を眺めた。
立ち並ぶ高層ビルやその隙間から覗く地平線をぼんやりと見詰めて、自分はこんなにもちっぽけな存在なのに、と男は考える。
そんなときは決まって誰かの傷を自分の体に移したときで、男は感傷的になっているんだな、とまるで他人事のように自分のことを思った。
男は首を緩く振ってベットから起き上がる。
しんみりした空気は嫌いではないが、今はそんなことを考えたくはない。
男は床に足を付けて力を入れる。腹部の痛みが増したが、それよりも古傷の胸が痛んだ。

左足を引き摺って、男はホテルに備え付けてある冷蔵庫まで歩いた。
どうせまた暫くしたら飲めなくなるだろうビールを冷蔵庫から取り出して、缶のプルタブに指を入れて開けた。プシュッと開く音が耳に届き、男は缶に口を付けた。爽やかな苦みが口の中に広がって、男は上手いと口元を緩めた。
しかしその幸せも束の間、扉を叩く音が静かな部屋の中に響いた。

「アイツ…もう来たのか」

相変わらず仕事が早いな、と男は缶を机の上に置いて不規則な足取りで扉の前に向かった。外を確認することなく扉の鍵を外して、ドアノブを回す。
音を立てて開いたドアの前には思い描いた人物とは程遠い、ブロンド髪の青年が立っていた。男は目の前に居る整った顔立ちの青年にただ目を瞬かせ首を傾けた。
しかし、男の右手に持つ黒く光るものを視界に捉えて、男はおいおいと肩を竦めた。

「強盗とかそういうのなら勘弁してくれよ!?俺はこんなところに泊ってるけど、金なんて持ってねぇからな!」

銃を突き付けられても男は臆することなく喋った。青年は男を見据えたまま「あなたはネクストですね?」と尋ねた。

(あれ…?)

男はよくよくその青年の顔を見詰めた。
自分はこの青年を知っていると頭のどこかで告げている。

「ああ…、そうだけど…」

過去の記憶を必死に探り、あれでもないこれでもないと心の中で呟く。
ふと赤い何かが目の前でチラついて男は怪訝な表情を浮かべた。
男の探るような視線に、青年の手は無意識に自分の左胸へと向かった。
男は、その仕草に目を見開いた。

「…おまえ…!…ブルックス…?…バーナビー、ブルックス、なのか…?」

男が声を上げてバーナビーの名前を呼んだ。バーナビーは驚きのあまり動揺を隠せず、どうしてその名前をと男の胸倉を掴み上げた。

「なぜ僕の名前を知っているんです!?」
「ちょ、待て。落ち着けって!…って!…おい、お前もだ!」
「どうして、……ッ!」

不意に背後から殺気を感じて青年は振り返ろうとした。
しかしそれよりも早く頭に衝撃と鋭い痛みが走り、持っていた拳銃を床へと落とし膝を付いた。
男は焦って背後の人物に制止の声を掛け、しゃがみ込んで青年の身体を下から支えた。

「待てって言っただろ!?」

暗くなる視界の中、男の叱咤する声が頭上から落ちてくるのを青年は聞いた。
そのまま重くなる瞼に耐え切れず、青年は意識を失くす。
腕が重力に従ってだらりと落ちるのを男は確認して、背後から殴った男を恨めし気に見詰めた。

「俺はこいつと話をしていたんだぞ!それを後ろから殴るか、普通!」
「会話していたようには見えませんでしたので」

青年の背後に立った男は銀の髪を掻き上げて床に落ちた銃を拾い上げた。

「こんなものまで持っていましたし…」
「…う……」

反論できなくなった男の目の前で銃弾を抜き、殻になった拳銃を男の居た部屋の中へと投げ捨てた。
銀髪の男はさて、と呟くと、男からバーナビーを引き剥がし青い炎を掲げた。

「何するんだよ」
「早くしないと警察が来ますので、さっさと始末を」
「駄目だ!そいつも連れて行く。どうせまだ奴らとの接触まで時間はあるだろ」
「……」
「俺の知り合いの子なんだ。…こいつが死んだら俺は困る。なぁ、頼む」

両手を合わせて顔を伏せる男の姿に銀髪の男は溜息を吐き出した。

「判りました。でも、何か不審な行動を取ったら即燃やしますから」
「流石!お前は話がわかるな」

にこにこと笑みを浮かべる男にもう一度溜息を吐いて、銀髪の男は行きますよと青年を支えて歩き出した。







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