痛み分け 5 僕の気持ちはいつだって変わらなかった。 だって、その感情以外の全てを、あの日の夜に失ったのだから。 バーナビーはとある富豪のパーティに忍び込んでいた。 忍び込むといっても、お得意の情報で富豪の人間に取り入り、名前は偽名だが顔を隠すことなく入ることが出来た。 気慣れた漆黒のスーツに袖を通し、バーナビーは会場のエントランスへと堂々と入った。そこで簡単な手続きを済ませて、奥の広間へと足を運んだ。 大企業の社長や、王族貴族と呼ばれる人間、政府のトップ。テレビでしかお目に掛かることが出来ない様々な知名人がワインを飲み、談笑している。 バーナビーは適当にグラスを受け取り、今日此処に呼ばれている目的の人物を捜した。 目的の男の名前はハワード・アンダーソン。 とある企業の会社の社長、と言われれば聞こえは良いだろうが、実際はマフィアのボス。しかも汚れ仕事ばかりしている、違った意味で評判のある男だ。 人身売買、薬、殺し。金さえ積まれればどんな仕事だってやる。 そんな男が、とある特殊な能力を持つ人間をコレクションしていると情報を得て、バーナビーはウロボロスと関係するのではないかと思考した。 案の定、当たりだった。 ハワードはコレクションのために大金をウロボロスに流していたのだ。 バーナビーは直ぐにでめハワードと接触しようと思い至った。 正確にいえば今日この会場で、ハワードがウロボロスと接触した瞬間に、だ。 そうすれば、そのネクストの能力を間近で確かめられるかもしれないし、そこからウロボロスの情報をもっと詳しく得られるかもしれないと、そう考えたのだ。 (昔は、名前すら判らなかった。それが今は情報すら容易く耳に入ってくる。ウロボロスは何かしようとしているのか) 不意に自分の中でウロボロスに対する疑問を見付けて、バーナビーは首を左右に振った。 今は、目の前に集中しなければならない。 そうしなければ、簡単に自分の首が飛ぶことを、バーナビーはネイサンの下、学んだで知ったのだ。 ぐるりと視界を遣って、バーナビーは目的の人物を見付けた。 小太りの、派手なスーツに身を包んだ男。ハワードの姿が見える位置へとバーナビーは何食わぬ顔で移動し、その周辺で談笑しているグループの中へと自ら入り込んだ。 出来るだけ彼から目を離さないようにして、バーナビーは隣に立つ女性に挨拶をした。 隣に居た真っ赤なドレスを身に纏った女はバーナビーの姿を気に入ったようで、円滑な舌で挨拶を返し化粧の濃い顔で笑顔を返した。 バーナビーは女から臭う香水に顔を顰めそうになったがそこはグッと押さえて、微笑む。 そうして、バーナビーは色々と雑談を加えながら、さり気なく女にハワードについて尋ねてみた。 「ああ。あの人ね、裏では結構危ないことしてるって聞くわ」 女は興味がない様子で、バーナビーを見詰めた。 すると、別の女がその話に興味を持ったのかバーナビーの隣に顔を出して、実はあの男。と真っ赤な唇を開いた。 「聞いた話なんですけれど、人身売買をしているんですって。何でも、珍しい人種や、子供を攫って」 「あら。そんな噂誰だってあるわよ。あの男は、特別な人間をコレクションにしているって聞いたわ。しかも、男よ、男」 「…特別な人間ですか?」 後から現れた女に負けたくなかったのか、真っ赤なドレスの女はそうよ。と大きく頷いた。 「わたし、この間。たまたまホテルであの男を見たのよ。背の高い男と大きな鞄を交換してたわ」 バーナビーは自分の情報になかったものを聞き、背の高い男。と心の中で呟いた。 「これで死ぬことはない。なんてわけのわからないこと言っていたから、背の高い男はビックリ人間なのかしらって思ったわ。でも、興味ないからわたしさっさと帰ったわ」 「ふむ。確かに、変な話ですね…」 「そうでしょう」 クスクスと笑う女に、バーナビーは仕事用の笑顔を張り付けてお礼を言った。 女たちがこの後も一緒に、という言葉を立ち去ることで回避して、バーナビーは下品な笑みを浮かべるハワードを見詰めた。 [*前へ][次へ#] |