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髪に隠れた冷や汗。



 洗剤垂らしたスポンジで食器を洗う音を聞く耳に腹痛を起こしたかのような前触れの後ピッッシャーッンッという鞭打ち的な音がかなりの大きさで入って来た。うっひゃあ雷凄まじいなーなんてことを頭の片隅で考えながら泡を水道水で流し、そしてザーザー鳴りながら地上に落ちてくる雨粒に懸念の影が過ぎる。

「大丈夫かなあ」

 カーテンを閉めないまま食器を洗っていたため振り向くだけでも窓の向こうの鉛空が伺えた。辞書並に分厚そうな鼠色の雲がびっしり天を塞ぎ水滴を時速百十キロくらいで落としている。実際はもっと遅いかも知れないけれど(時間とか速度とかよく計れないんだよコノヤロー)。
 洗い流した後空とは対照的な曇りなき食器達を拭って、カーテンを閉めようと掃き出し窓に近寄った。近接すると尚わかる雨足の強さ。時刻が十九時を過ぎてることもあり出勤帰りでなければ人なんて誰も歩いていないだろう。ただあっしが気にかけている人は結構な馬鹿だと思うので外を歩き(走り)回っている可能性が高いと思うけれど。
 大丈夫かなスクアーロと呟いた一言の後数時間前のことを回想しようと思い、ベットに腰掛けて目元を掌で覆った。



 身じろぎ成せば微かに膨らんでいる喉仏に突き付けられた切っ先が混迷無く閃くだろうそれに内心泣きじゃくりながらあっしは疑惑の目付きで見下すスクアーロに二次元三次元の説明を施す。雨がぽつぼつ落ちる中終始スクアーロは「はぁ?」とか「しまった、こいつ痛い奴だ」とか「今すぐ帰りたい」等と口にしてはいなかったがそんな表情をコロリコロコロと目まぐるしく浮かべていて、スクアーロの百面相を初めて見たあっしは呑気に面白いと思いながら口を動かしていた。帰りたいのはこちらも同様で、なして三回も二次元の住民に設定を教授しなくてはならないんだ、何で三十路スクアーロに続いて現代スクアーロがやって来るんだ等と思う。
 しかしまあ、努力は報われたり報われなかったりする物で今回も運悪く報われず、せっかく出来の宜しくない脳みそを回転させて絞り出した台詞を「んなくだらねえ話を信じる馬鹿だと思われるとはなぁ」と長い一言で一蹴されてしまった。そりゃあそうだろう、十年後の彼だって初期の頃は信用してなかったから。
 両手を上げて座り込んだまま首が吹っ飛ばされませんようにと目をつぶり祈ってると頭上から立てと言われる。首を上向けスクアーロを見るも何故とか問う気は浮かばなかったのであっしは素直に立ち上がった。

「お前どこのマフィアだ」
「だからどこでもないですが」

 喉元からいつの間にやら眉間へと移動していた剣先に胸をバクバク鳴らしながらも声は出来る限り平淡な声音で。

「あっしの話を信じる気がないなら探し回ればいい。君の知る住所や番号を試せばいい。お金なら貸してあげますけど」

 レモンを丸かじりしたような渋面を作るスクアーロに渡そうとするお金は貸すというよりは返すの方が近しい。十年後の彼が突っ込まれたり突っ込んだりグラス投げられたりしながら稼いだお金だからだ(生憎スクアーロのお財布を持ってないあっしは手持ちのお金を渡すのだけれど)。
 スクアーロと斜めった直線で視線を結ぶ。長身鮫はあっしの顔とあっしが手に持つお財布を二三回程交互に見つめ、ふいっと逸らすと鼻を鳴らした。

「言われなくとも調べに行くし金くれえなら持ってんぞぉ」
「そう。じゃああっしはどうすればいいんです? 帰っていいの?」
「……構わねえ」

 剣を下げながら言ったスクアーロの返答に目を見開いたら蔑むような目で一瞥された。信用してない奴をたやすく解放するだなんてどういった思考からだろう。とは言いつつもラッキーだ、殺されずに済む。そんな思いが胸を満たしたのは事実で。
 ちょっと高揚しつつも頭を下げスキップしそうな軽い足取りで我が家があるマンションへ向かう。雨足が強くなって来たが人目もないし気にせずスキップを踏んでしまおうか。そんなことを脳天気に考えている間に横腹に痛みが走った。

「……鈍ぃ」

 顔をしかめ後ろを見れば至近距離からスクアーロの麗しい銀髪が視野に入る。
 髪よりも暗い目と合ったのは一瞬だった。スクアーロは無機質な表情を崩さずあっしの血が付く刃を振ると踵を返し、長い髪を濡らしながら腹部を押さえるあっしから離れてく。
 斬られたヵ所からは雨のお陰で流れ易くなった血が足元まで伝い、制服に紅を咲かせていた。



 とんでもないカス野郎だな。回想したらますますそう思え、しかし妥当な行動なのかも知れないとベットに横たわりながら思案する。もしかしたらあっしがマフィアの人間かどうかを探ったのかも知れない。何て用心深き人なんだ(寧ろそっちが当たり前だなんて自己突っ込みをしてみる)。でも十年後の彼と比べてみたら絶対変だよ。十年後のスクアーロが。
 何でスクアーロ(32)はあんなに甘かったんだろう。十年経って丸くなったのだろうか。いやそんな阿呆な。確かにスクアーロは抜けた面はあるけれど阿呆ではない。と思う。いつか機会があれば訊いてみようかな。
 機会だなんてないのだけれど。







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