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対なる支配者の影


「で、何でライガ君がいるんですかぁ」

 珍しくも不機嫌そうに、そんなことを言いながら眉を寄せるリアラ。
 原因は、道具屋を出てすぐに「シャルロアさあああああん!」と言ってこちらに駆け寄って来た、1人の存在だった。

「うっせーな! メイドのお前だけに任せておけねぇからだろ。それに、シャルロアさんの守護役として、俺がいねぇでどうすんだっつの」

 そんなリアラに強く反論するのは、ライガ君と呼ばれたその男。
 彼は同じようにリアラを睨み返し、ばっかじゃねぇの、と追加を零した。
 それにまた、リアラがむぅっと頬を膨らませる。

「リアラちゃんがいますぅ! リアラちゃんがシャルロア様をお守りするんだもんっ」
「ああ!? ただのメイドが何言ってやがる」
「ただのメイドじゃないもん! シャルロア様の専属メイドだもん! これすごい事なんだもん! 名誉あることなんだもん! それにライガ君だって、ただのお部屋のお掃除係じゃん! そんなライガ君がシャルロア様の守護役? ハッ、自惚れんなよ」
「、いやお前、最後性格違い過ぎだろ……」

 呆れた表情で、一応突っ込んでおいた。
 銀髪のサラサラとした髪の毛に、赤い目をしたその青年ライガ・アイル。
 端正な顔立ちをしているが、どうも忠犬のようなイメージが離れない、19歳の美青年。

 実は彼、ケルベロスのお掃除係りであり、かなり熱狂的なシャルロアファンだったりする。
 なぜファンになったのかは、シャルロアの持つそのカリスマ性と雰囲気に惹かれたからであり、そして以前シャルロアに助けてもらった事があるからという事だったが、真相はいまいちはっきりしない。
 しかし、とにもかくにもそんな事もあってか、シャルロアに仕え、シャルロア専属メイドとして働くリアラにとって、同じく彼を慕うライガはライバルでもあった。

 がるる、と威嚇しあっている大型犬2匹に、シャルロアは「またか」と、本日2度目の感想をもらした。
 そうして、むぅぅぅぅう、と唸りながらライガを睨むリアラに、彼はそっと言葉を向ける。

「リアラ、我慢しなさい。ライガ君がいた方が都合が良いのですよ」

 そう、都合が良い。だから連れてきている。
 その意味を汲み取らせようと発したのだが、その言葉を拾い上げたのは、予想外にもライガだった。

「ほら見ろ! シャルロアさんは俺を必要としてんだっ! お前よりも俺をな」
「ふぎゃっ、んなバカな! シャルロア様がこんな忠犬……あ、好きそう」
「おや、リアラ、それはどういう意味ですかー?」
「あはー」

 るんるんとした綺麗な笑顔で、リアラに真っ黒い銃口を向けるシャルロア。
 あはー、素敵な笑顔ですねー、とリアラが言えば、誤魔化さないで下さいねーと悪魔の囁き。
 そんな2人の横で、「そのまま撃っちゃって下さいシャルロアさん!」と、ライガが嬉々として言っている。
 2人にスル―されている気がするのは、あながち間違えでは無い。

「べ、別にリアラちゃんは、シャルロア様が実は鬼畜ドSだなんて思ってませんですからね! だから忠犬がいたら都合が良いって言ったんだ、だなんて事も全く、ミジンコ並みにも考えてませんですかんね!」

 言い訳するにも、ことごとく本音をぶちまけている彼女。
 気付かずに言い切ったリアラに、シャルロアの目が三日月を描いた。

「おや、しかしミジンコ以下並みには思ったのでしょう?」
「はうっ」

 ギックリ、と肩を揺らしたリアラに、シャルロアはふふふと微笑んだ。
 「聖天術の実験台はリアラにしましょうかねー」と爽やかに宣言したシャルロアに、リアラは「おおお」とよく分からない声をあげる。

「じ、実験台ならライガ君をあげますですよう!」
「てめっ、ふざけてんじゃねーぞ!」
「ふざけてますけど何か?」
「……っ」

 さらりと言ったリアラに、ライガは言葉に詰まった。
 シャルロアはそんな2人の様子を、ニコニコした胡散臭い笑みを貼り付けながら、ただ面白そうに眺めている。

 リアラは基本的にシャルロア主義だ。
 何がリアラをそうさせるのかは分からないが、シャルロアと他では態度が明らかに異なる。
 ライガとのやり取りが良い例だろう。

 しかし、リアラはライガと言い合いはするが、特別険悪なわけでも、本当に嫌いなわけでもないのだ。
 ライガは戦闘能力など何も無い、本当に一般人。では彼がなぜケルベロスにいるのかというのは別として、しかしそんな彼を嫌に思ってはいないのも事実である。

「ふん、シャルロア様の隣はリアラちゃんだけで十分っちゃよん。ライガ君はジャ・マ」
「んだと? テメェこそ、無い脳みそひけらかしてシャルロアさんの隣にいんだろーが。迷惑だぜ」
「にゃにーっ」

 ……特別険悪ではないのである。

「とーにーかーく! シャルロア様がどうしてもって仰るならば、リアラちゃんは反対出来ませんですけれどもですねー」
「リアラ、敬語変だぞ」
「黙れっつってんだろ」
「え」
「でもリアラちゃんはライガ君を認めませんですからね!」

 言い切ってすっきりしたのか、むふーと言いながら、リアラはライガから視線をそらした。
 そして、ライガやシャルロアよりも一歩前を歩く。
 しかし、ライガは何かに衝撃を受けたのか、固まったままなかなか戻らなかった。

 では何が彼をそうさせたのか――それは、先ほどのやりとりの中にあった。
 そう、「黙れっつってんだろ」というあのセリフは、なんたってリアラが口にしたのだ。
 幾度か言い合いはしてきたし、何度も睨みあってきた2人。しかしながら、あのようなリアラの物言いを聞いたのは、今が初めてだった。
 あんなドス黒いオーラに地を這うような低い声……。
 悪寒がするのを感じながら、ライガはその恐怖を拭い去るように頭を振った。

 シャルロアは上機嫌なリアラを見ながら、「リアラはもう少しおとなしくなってはいかがですか」と紡ぐ。
 その言葉を聞いたリアラは、街中を歩く速度を少し緩めた。
 そして、くるりとシャルロアを向き直り、にこりと笑う。

「んーな事言われたってぇ、リアラちゃんはシャルロア様への駆け巡るあっつい衝動を、抑え込む事が出来ないのです!」
「全力で抑えなさい」
「あは、無理」
「即答!?」

 もはやツッコミ役と化しているライガを一瞥して、リアラはスキップをしながら、人混みの中を潜り抜けるように進んで行った。
 そんなリアラに呆れた表情をしながら、シャルロアは溜め息をつく。そして、ライガにゆっくりと振り向いた。

「ライガくん」
「は、はい」
「何はともあれ、これからよろしくお願いしますね」
「う……はい」

 微笑みをくれたシャルロアに控えめな肯定を示すライガ。そんな彼に、シャルロアは目を細める。
 しかしそれも一瞬。
 「ほわあああああああっ」と叫んで誰かと思いっ切りぶつかったらしいリアラに、2人はすぐに視線を投げたのだった。

「はぁ、何してるんですか」

 リアラの元に辿り着いたシャルロアが声をかける。

「にゃはー、やっちまいましたぁ! てへっ」

 そう言って舌を出したリアラは尻餅をついていた。
 が、同じように尻餅をついている1人の男が目に映る。シャルロアはそれに目を細め、リアラに言葉を発した。

「さ、早く行きますよ」
「うあっはーい」

 ぴょんっと飛び上がって立ったリアラに、相変わらずうるせぇ奴、とライガが1つ呟いた。
 それに対しリアラが睨み付ければ、ライガは鼻で笑う。
 そんな間にシャルロアが、「申し訳なかったですね、大丈夫ですか?」とリアラがぶつかったらしい相手に声をかければ、相手は途端に顔色を変え、真っ青になりながら叫び始めた。

「なっ、お前達さては、盗賊だな!?」
「……は?」

 思わずシャルロアの口をついて出た、率直な疑問の言葉。周りは男の叫び声に誘われるように集ってくる。
 ハエみたいだ、なんてシャルロアが心の中で思ったが、とりあえず注目を浴びているという、若干危険な状態にあった。

 だって、自分達が裏社会の人間であるとはバレるわけにはいかないのだ。
 今はまだ、先ほどの道具屋のように、名前だけが広まってくれればそれでいい。
 先ほどの道具屋では人数が本当に少なかったため、名前と恐怖感で支配させるには十分だったのだが、今はあまりに注目される根底の状況が悪すぎる、というか、人数が多すぎる。

「コイツ!」

 そんなシャルロアの危機感を切り裂くように――さらには増長させるように――男がリアラを指差した。
 リアラは「ほえ?」と気の抜けた声で返答する。

「俺の財布を盗んでやがったんだ……っ!」
「はぁ?」

 今度はライガが疑問の声を上げる。
 シャルロアがリアラと男の間にある空間に目をやれば、確かに地面に見慣れぬ黒い財布らしきものが目に入った。

 男が言うには、財布が無くなっていた事に気付いた彼が、たまたま見つけたリアラを変な女だと思い、リアラに声をかけようとしたらしい。
 しかしそうした瞬間、その変な女――リアラは、避けるように逃げ出したという。
 そして今ぶつかってみれば、なんと探し出していた財布が落ちているではないか!
 そういうわけでリアラを犯人としたというのだ。

「それだけで彼女が犯人ですか……」

 シャルロアは目頭に手をあてて、やれやれと溜め息を吐いた。
 確かに、理由としては成り立たないこともない。証拠という証拠は不十分だが、成り立たないことはないのだ。
 しかし、シャルロアからすれば、お金など有り余るほどあるケルベロスの一員が、こんな普通の一般人から財布を盗むわけがないため、リアラが盗難をしたというのはまずあり得なかった。

 それにもし盗むのならば――――――対象となった者の命、すなわちこの目の前の男の命はないだろうから。

「騎士団を呼べ! 騎士団にコイツらを捕まえてもらうぞっ」
「おやおや、証拠が不十分でしょう」
「ていうかおじさん、人を指差しちゃいけないんですよっ! 小さい頃に習いま、んぐっ」
「お前は黙ってろ」

 ややこしくなりそうだったため、ライガがリアラの口を塞いだ。
 賢明な判断である。

「騎士団、騎士団はいないのか! コイツらが俺の財布を盗みやがった盗賊だっ」

 うるさいですねぇ。
 そんな言葉を小さく発しながら、シャルロアが右手をポケットから取り出す。
 そんなシャルロアの様子に気が付いたリアラが、小さく笑みを浮かべて彼から距離を取った。
 シャルロアの手がパチンと、指を鳴らそうとしたその瞬間、だった。

「――何の騒ぎー?」

 深い蒼色の制服を着た金髪の男が、シャルロアの後ろから静かに声をかけたのだ。
 鋭く射抜くつり目も金色の光を灯しており、綺麗な顔立ちをしているが少し、幼いように感じられる。
 ――騎士団か。シャルロアはそう悟りながら、また厄介な奴が出て来たものだと、取り出した右手をまたポケットに戻した。

「俺の管轄で事件を起こすのやめてくれるかなー? 面倒ー」
「ちょ、ファイ隊長! やる気を出して下さい!」

 どうやら部下泣かせの人間らしい。脱力感溢れる言葉に、ライガが引きつったように笑った。
 リアラはリアラで、事件を引き起こした張本人であるにも関わらず、この事件に全く興味を示していないようで、近くにあった武器屋にすでに視線が移っていた。
 おやおや。シャルロアもニコニコとしながら騎士団の男――ファイを振り向き、楽しそうな表情を浮かべる。

 犯罪などを取り締まる組織――騎士団。基本的に表社会では、世界は騎士団の支配下にある。
 裏はもちろんケルベロスが支配しているが――さてどうしたものか。

 シャルロアは口元に笑みを浮かべたまま瞼を閉じ、小さく流れる風を感じていた。




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